No917 はがき文 あれこれ

七分通り回復しました
昭和11年小倉宛て明礬の岡本屋旅館に滞在

0316o1  「昨秋爆発した頸の前の方も非常に回復が早く最早七分通り癒(なお)りました。結果がよいので五六日内には帰りませう」などと書かれている。
 「爆発した頸の前」などとどきりとするような言葉が出てくるが、大きな腫れ物が破裂したという意味なのかどうか…。どちらにしても、明礬温泉で湯治してかなり回復してきたのでそろそろ帰りますといった内容。
0316o2  小倉宛で、昭和11年8月31日の亀川局の日付印がある。ちょっとわかりづらいが、絵葉書のほうに「コレよりが岡本屋ですよ」とインクで印をつけ、岡本屋の旅館がいかに規模が大きいかを示している。もちろん、同旅館に宿泊したのだろう。(続く)

No916 はがき文 あれこれ

息子の勧めで入湯に
昭和14年東京宛て上田の湯の寿楽園に滞在

0315o1  昭和14年4月29日の日付印がある文面。現在の上田の湯にあった寿楽園という旅館に滞在した客が、東京に宛てて差し出している。
 「本日久振(ひさしぶり)に別府に参り(中略)上記の宿に落着きました 息子のすすむるままに一週間許り湯には入り度い(ママ)と思って居ります」とある。息子の勧めでとは、差出人は老夫婦なのであろうか。それにしても、一週間滞在とは慌ただしい現代と比べてゆとりを感じさせる。
0315o2  「縁談については真に御足労で御座いますが何卒よろしく御願申上ます」と縁談話にも触れている。(続く)

No915 はがき文 あれこれ

“中学入学を祝す”
兵庫県の息子宛か今後も気を緩めるなと激励

0312o15  きょうは高校入試の合格発表の日。戦前だと中学ということになるのだろうが、掲載したのは昭和初期と思われる、おそらく別府に滞在中の父親が兵庫県の息子に向けて差し出した合格祝いの文面。
 「中学の入学を祝す」で始まるものの、「今後益々奮励し心の弛緩するなからんことを望む」とあり、気を緩めるなとなかなか厳しい言葉で激励している。
 絵葉書の図柄は別府全景写真。かつては、浜脇中学校裏手の金比羅山が見晴らしがよく、そのあたりから撮影されたものと思われる。
0312o2  手前が浜脇の町並みで、その向こうは松原公園一帯。流川通りあたりはほとんど見えない。大阪商船の汽船も見える。秋葉通り下から永石通り下にかけての埋立地が見えるが、その南側はまだ埋め立てられていない。(続く)

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