No1472 はがき文あれこれ

大風で別府港に被害
明治終わり頃に呉市宛て

0522o2_3  日付印は消えているが、明治終わり頃に差し出したものと思われる。別府から呉市(広島県)に宛てたもの。
 文面は十分に読みとれないが、“先日の大風で海水が浴場付近に大暴れし”、“新築の別府築港は破れて海中に流れ込み”といった内容が分かる。
 大風で被害にあった浴場とは、港のすぐそばにあった霊潮泉(以前の商工会館の位置)だったのだろうか。別府港は明治4年にもともと築造されたが、“新築”と書かれているのは、少し前に改築や修理が行われたばかりという意味だろうか、ともかく大風が別府港に大きな被害をもたらしたようだ。
0522o2_4  絵葉書のほうは「豊後別府名勝 田ノ浦ヨリ仏崎遊園地ヲ望ム (和田発行)」と説明がある。仏崎遊園地とは、仏崎の山上を公園に整備していたもの。田の浦は、現在は人工のビーチに変わっているが、天然の浜辺と漁師の小船が写っている。和田発行は別府の絵葉書を発行していた代表的な印刷所の一つ。(続く)

No1471 はがき文あれこれ

県警の部長宛てに
昭和9年菫丸の暑中見舞い

0521o2  昭和4年2月に就航した大阪商船の菫丸(1724トン)の船長らが差し出した暑中見舞いで、絵葉書も別府を背景に出港する菫丸の絵。日付印は昭和9年8月1日。
 菫丸の船長らが差し出した昭和5年の賀状を紹介したことがあるし、今回と同じ絵葉書も掲載したことがあるので、二番煎じの感は否めないが、ご勘弁願いたい。
 宛先は大分県警察部長。特に住所も書いておらず、おおような印象。
 いつも船を利用してもらっていることへの感謝と今後も“ご愛乗”をと願う内容。
0521o15  船長、事務長、司厨長の連名で、年賀状や暑中見舞いを出して、顧客や有力な関係者へのあいさつを欠かさなかったことがうかがえる。(続く)

No1470 はがき文あれこれ

台湾航路みづほ丸宛て
借金返済“待ってほしい”

0518o2  別府から神戸の大阪商船に宛てて差し出している。受取人は台湾航路のみづほ丸に乗っている友人のようだ。日付印は昭和11年10月27日。
 文面は、わが家は不幸続きで、叔母が亡くなって帰ろうかとも思ったが送金してすませたので、君のほうの返済を待ってもらえないだろうか、という内容。別府の人物は、関西出身だったのだろうか。また、その友人から借金をしていたのだろうか。
0518o2_2  絵葉書のこがね丸は同年の9月に就航したばかりの新造船だった。(続く)

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