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No304 朝見物語

ユニーク“かくれ岩”
写真今昔 100年前は鄙びた農村

0811o3  0811o3_2 現在は長松寺そばの住宅の前にある、内側がくりぬかれた大きな岩。大正時代の絵葉書には「朝見のかくれ岩」などとして何度か登場しており、当時は朝見名所の1つだった。
 掲載した絵葉書(大正時代)では、岩の周囲は田畑が広がり、向こうに朝見神社参道沿いの家並みが見え、のんびりした雰囲気。もちろん現在は住宅地となって、すっかり様子が変わっている。
 「熊襲(くまそ)穴居の跡」「横穴古墳」といったタイトルがついた絵葉書もあり、古代の遺跡とも考えられていたようだ。
0811o2  0811o2_2  ◇  ◇  ◇  
 朝見神社参道は、明治終わりの絵葉書と現在の様子。左手は明治31年築の朝見病院だが、石積みの様子は昔も今も変わっていないようだ。中央に黒く筋が見える溝は現在は小さくなっており、参道の石畳が拡幅されているのかもしれない。昭和になって寄進された参道途中の鳥居は、当然のことながらまだない。
0811o2_3  0811o2_4  ◇  ◇  ◇  
 朝見川に沿った道路の絵葉書も同様に明治終わり頃のもので、右手に御幸橋がわずかに見える。左手奥には参道沿いの家並みが見える。背景の鶴見岳などは今も変わっていない。
 永石通りなどまだない頃で、浜脇から川の南岸をずっとさかのぼっていくこの道は通る人も多かったのだろう。

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