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No338 絵葉書物語

東洋一誇る高等温泉
温泉あれこれ④ 公会堂・中外博の昭和3年

0921o3  浜脇の再開発で昭和63年秋に取り壊された浜脇高等温泉(浜脇温泉)。市制施行(大正13年4月)後の一大事業であった中外産業博覧会(昭和3年4月1日―5月20日)に合わせ、別府市公会堂(昭和3年3月28日竣工、現在の市中央公民館)とともに建設された。この年(昭和3年)には野口の大仏もできているし、別府郵便局の電話分室(現在のレンガホール)が建てられたのもこの年。
 それまでの浜脇東西温泉のあとに、ユニークな鉄筋コンクリート2階建て洋風の堂々たる温泉が誕生した。2つの浴場が背中合わせにあり、東側の浜脇高等温泉が有名。周囲にはたくさんの旅館が取り巻いていた。現在の浜脇温泉広場や南部地区公民館の位置にあった。
 今回紹介した絵葉書はいずれもこの浜脇高等温泉の絵葉書で、反対側の浜脇温泉を写したものはない。いずれも、建設されてまもない頃に撮影されたものと思われる。
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 安部巌著「別府温泉湯治場大事典」には、竣工祝賀式における工事報告書(昭和3年6月10日、別府市主事温泉課長小野七郎)が引用されており、大正15年2月市議会で満場一致で改築決定、昭和2年5月藤本組と請負契約、別府市技手池田三比古が逓信省技師吉田鉄郎(引用文中の「哲」は誤りか)の意見を取り入れて設計を担当、様式は近世オランダ式に則り、主体構造は鉄筋コンクリート造り、採光換気や浄化装置さらに海水の逆流防止に留意したことや、総工費が12万9634円、工事日数が346日、職工延べ人員が15000人であったことなどを述べ、「東洋に於ける温泉建築物としては他に遜色なきを信ず」(カタカナをひらがなに変えた)と大いに胸を張っている。(続く)
0921o3_2  ◇  ◇  ◇
 昭和8年「別府市誌」の解説は次の通り。「其の来歴古く、其の実質に於ても、他の温泉と対立して、毫も遜色なき有数の浴場なり。市長神沢又市郎任に就く や、浜脇東西両温泉を合併して、之を浜脇温泉と改称し、工費十万円を投じ、昭和二年七月二十四日地鎮祭並に起工式を挙ぐ。爾来時を閲すること約一歳、昭和 三年六月竣工を告ぐ。総建坪二百六十六坪七合一勺、市公会堂と等しく独逸近世復興式に則れる鉄筋コンクリート建築にして、屋上庭園百四十坪を有し、あらゆ る最新文化を集めたる公衆浴場なり。」(旧字体は改めた)
 市制施行後の最初の市長になった神沢又市郎について、「同年九月神沢又市郎挙げられて第一次市長の職に就き、先昭和三年を以て、別府市に中外産業博覧会 を開催する前提として、市公会堂建設、浜脇東西温泉の併合新築、上水道増設、其の他の諸事業を達成し、昭和三年四月一日より同五月二十日に至るまで五十日 間別府公園並に浜脇埋立地に於て中外産業博覧会を開催せり。神沢市長は博覧会の事業一段落を告ぐるを待って同年五月二十八日辞職し、平山茂八郎昭和三年五 月二十九日を以て市長に挙げらる。」とある。

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