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No486 流川物語

大きかった店の建物 
河崎商会湯の花餅やザボン漬けも製造

0626o022  0626o432 河崎さんによると、祖父母は熊本県出身。商売は祖母の河崎喜登(きととも)さんがやっていた。小学校しか出ていなかったが、計算もでき、頭が良かったという。
 河崎商会は湯の花の販売のほか、昭和5年生まれの河崎さんが知る限りすでに地獄飴は作っていなかったが、湯の花餅、ザボン漬けを製造して西尾百貨店などに卸していた。あかがねの鍋で作っていて、砂糖を使うせいで床がべたべたしていた。ザボンの皮をベランダに糸で吊して乾燥させ保存していたのも覚えている。
 建物はとても奥行きがあり、中庭やベランダ、大きな風呂もあった。もともと貸席か何かだったらしく、部屋がいくつもあって大きな建物だったという。
 またかつての流川通りについて、「賑やかだった。夜まで遊んでいて怒られた」。ビリケンには入ったことはなかったが、「ダンスホールの音楽が聞こえた」と懐かしんでいる。
  ◇  ◇  ◇  
0626o3  掲載した広告は明治43年「新撰南豊温泉記」掲載のもので、場所は「不老町田の湯温泉場」となっている。かつては田の湯あたりも不老町のエリアだったらしいが、河崎商会はもともと田の湯で商売して、大正初期頃に流川通りに進出したと思われる。もう1つの広告は大正2年「大分県商工人名鑑」掲載のもので、「陸軍中将真鍋閣下御買上ノ栄ヲ賜ヒ賞揚ヲモ博ス」などと書かれている。住所は「別府町」とだけしか書かれていないが、すでに流川通りへ移転していたのではないだろうか。
 もう1枚の写真は、流川青年会演芸部の素人芝居に大勢の観客が詰めかけている様子。河崎さんの父忠行さんが女形で出演している。

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