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No602 絵葉書特集

別府湾と名コンビ
四極山と呼ばれた高崎山

0109o25  四極山(しはつやま)と呼ばれた高崎山ももちろん名所の一つだった。別府の絵葉書には常に別府湾の風景とともに登場して、独特な形が構図作りに大きな役割を果たしている。
 掲載した2枚の絵葉書はともに明治終わり頃と思われるもので、まだ埋立前の風景。このうち1枚には、今では見られない浜脇海岸の砂浜と幾艘かの小船や人物が写っている。
0109o2  もう1枚は現在の北浜公園あたりの風景で、タイトルは「豊後別府的ケ浜の朝凪(高崎山の遠望)」とある。画面右端に帆柱がいくつも立っているのがかすかに見えるが、それが当時の別府港で、すぐ沖には汽船が停泊している(まださんばしがなかった時代)。
 夏の海水浴や砂湯で賑わう浜辺の水たまりには、見事に山の姿が映り込んでおり、歩いている人物の姿もきれいに映っている。
  ◇  ◇  ◇  
 明治40年『豊後温泉誌』では、「四極山は柴津山ともいひ又高崎山とも呼び、大分郡八幡村字神崎といふに在る。とかういへば別府からは大変遠いやうに思はれるが、実は直き眼の前に屹立して、西は鶴見、由布などゝ囁き東はかんたん湾を圧して遠く四国の連峯と握手し、南は大分郡の平原を瞰視し、北は脚下に別府市街を踏みて、亀川、豊岡、日出、守江の諸港を眺め兼て船舶出入の標示となる、豊後の名物男否南豊名峻の一である(後略)」などと、ちょっぴり駄洒落を交えて紹介している。

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