No816 竹瓦界隈物語
火事の前兆でクモの巣
森屋旅館は昭和3年に焼失 再建後もまた火災に
昔は火を取り扱うし、建物は木造であるし、旅館の火事は多かったようだ。珍しい5階建てだった森屋旅館も火災にあった。昭和3年11月のことだったようだ。
郷土史料の『現聞日誌』では、旧暦の昭和3年10月13日(新暦11月24日土曜日)の日付で「前三時森屋旅館出火。外五軒累焼。二名負傷(五階建)」とある。つまり11月24日土曜日の午前3時に出火して、周囲にも延焼したらしい。
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森屋の子孫によれば、「森屋は2回火事にあった。2回とも前兆のように廊下の天井に妙なクモの巣が出来ていたらしい。祖父(仙太郎のこと)は火事のショックで死んだ。祖母(タミ)は番頭と一緒に頑張って旅館をもう一度建てたが、また火事で焼けた」という。つまり昭和3年ののちにも、再び火事にあった。前兆のように旅館の廊下にクモの巣が現れたという話は非常に印象的だ。ところで、タミは非常に働き者で、やさしい人柄だったという。昭和29年5月18日に他界した。
一方、佐藤仙太郎は挾間の出身。子供は7、8人いたらしいが、長男と次男が戦病死し、三男の常雄(大正2年生まれ)が家を継いだ。子供の時はおぼっちゃんとして何不自由なく育ったが、何もかも失ってしまった。常雄は英語が得意で、おしゃれな人だったという。
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昭和12年『別府案内』の商工人名録では「北浜/森屋/一二二/佐藤タミ」と女将の名前があるが、そののち人手に渡ったようで、昭和13年『電話番号簿』は「森屋旅館/山根繁夫/1350/北浜」、昭和10年代の旅館名簿では「森屋/一三五〇/ロ/山根繁夫」と所有者が変わっている。(続く)























































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