No829 竹瓦界隈物語
囲碁倶楽部をPR
大正初期まで和田惣旅館も
明治終わりから大正初め頃までの短い間しか名前が登場しないが、囲碁クラブのある和田惣という旅館もあった。
明治43年『新撰南豊温泉記』の広告で「別府北浜竹瓦温泉通り/入湯御宿/和田惣旅館/邸内に、ローマチス、神経痛、等、最も特効の温泉あり。階上に東京方圓社、四段住田先生を招聘し、囲碁倶楽部を、設置し、午前九時より、午後拾一時迄、教授す。」と旅館2階で囲碁の指導をしていることをPRしている。方圓社とは「明治、大正の日本の囲碁組織」(ウィキペディアより)。
◇ ◇ ◇
掲載した明治44年の地図『豊後有名温泉図』を見ると、竹瓦温泉前の通りを西に行った所にあったようだ。
大正4年『通俗別府温泉案内』の旅館一覧にも、「和田惣(宮下傳太郎)」が掲載されている。旅館主は別府宿屋組合の役員名簿にも登場し、大正三年三月三十一日当選通知、大正四年十月二十九日満期の評議員として鶴萬の鶴田萬吉とともに、宮下傳太郎の名が記されている。大正9年現在『別府旅館能力調査表』などその後の資料には旅館名が出てこない。(続く)


コメント