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No830 竹瓦界隈物語

最も海寄りだった大盛館
眺望絶佳・空気新鮮とPR

1118o4315  繰り返し取り上げている明治43年の地図『豊後別府二条泉及乾液泉之図』では、掲載に同意した旅館ということで20軒の名前が挙がっている。このうち、地図の中でも最も海寄り(波止場神社の海側のほう)で、浜辺と地続きだったような場所にあった小さな2階建てが「大盛館」。
 同年の『新選南豊温泉記』に広告が載せてあり、「豊後別府竹瓦温泉の海岸/入湯旅館/大盛館/古庄千代松/本館は閑静にして、空気新鮮、且つ海浜なるを以て、眺望絶佳。邸内に竹瓦温泉と、同様の特効温泉あり。」と当然のことながら、眺めの良さや空気の新鮮なこと、さらに竹瓦温泉同様の特効がある内湯の存在をPRしている。
1118o432  大正4年『通俗別府温泉案内』や同6年『泉都別府温泉案内』には旅館名が記されているが、その後は大正9年現在『別府旅館能力調査表』などにも出てこない。大正時代には海岸通りの整備が進められていくため、立ち退きにあったりしたのかもしれない。(続く)
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温泉西側の寄席
別府館について
 11月16日付け第828回で、竹瓦温泉西側にあった寄席「別府館」のことを紹介した。大正4年を最後に別府館の名前は案内書に登場しない(同6年『泉都別府温泉案内』には別府館のことと思われる三友倶楽部が出てくるが)と書いたが、当時の地図には少し後まで掲載されていることに気づいたので、追加紹介する。
 和田成美堂発行の地図『別府温泉場市街及付近温泉場ト名所旧跡案内図』の大正7年8月と同9年7月発行のものに「別府館」が、また大阪市の和楽路屋発行の「別府町全図」(大正9年8月)には「三友倶楽部」が掲載されている。その後の地図には見あたらない。
 そうはいうものの、地図の場合、必ずしも最新のデータを盛り込むのではなく、古い図をそのまま印刷している場合が多いので、残念ながらその時代に存在していたかどうか確定する決め手にはならないようだ。

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