No832 竹瓦界隈物語
梅園と銀座の角に岡山旅館
銀座街全通前の昭和12年地図
銀座街(現・国際通りソルパセオ)と梅園通り(西法寺と波止場神社を結ぶ縦通り)の角にあったのが岡山旅館。前回の若屋旅館から見ると銀座街をはさんで向かい側だった。
大正14年『最新案内別府温泉』の旅館一覧には梅園町の旅館として掲載されている。昭和12年『別府案内』の商工人名録には「北浜/岡山旅館/1075/堀口清巷」、同13年『電話番号簿』には「岡山旅館/堀口清巷/1075/梅園町」とある。
地元の人は「3階建てで大きかった。普通の人も修学旅行生も泊まっていた」と話している。
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昭和10年『大別府人物史』には、「泉都旅館業界の逸材」という見出しで経営者の堀口清巷が紹介されている。
それによると、明治26年に愛媛県西宇和郡川上村大字川名津に生まれ、大阪などで缶詰工場を経営して財産を築き、大正13年に別府に移住。旅館業の将来性に着目して岡山旅館を開業したという。「泉都二百六十余軒の旅館中サービス本位の模範旅館」として群を抜いていると大いに称えている。(続く)
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※ところで銀座街が流川通りから駅前通りまで全通したのは昭和13年だったようだ。今回掲載した同12年の地図では、画面中央の銀座街は流川通りから梅園通りまでしかなく、画面右端の新宮通りあたりまではふさがっているのがわかる。


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