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No836 竹瓦界隈物語

警察官や銀行員から転身
関屋裏手に竹瓦アパート 石城川出身の平野十郎

1126o162  前回松坂屋の項で登場していただいた木下八重子さん(83)=旧姓平野、市内山の手町=の実家は、同じ竹瓦温泉界隈の貸間兼旅館「竹瓦アパート」。関屋旅館裏手にある狭い通りに面して山手側にあった。
 木下さんによると、「敷地が広く200坪あった。電話は310番だったのを覚えている。1階にはあんまも入っていた。女中が3人もいる時があった」という。1階が間貸しで、2階には木下さんの記憶では12部屋あり、8畳の3部屋(あとは6畳)は入湯客用に当てていた。
 当時は軍艦が入港すると町中に兵隊があふれ、「何とか泊めてもらえないだろうか」と請われ女中部屋まで空けて泊めたことを覚えている。
  ◇  ◇  ◇  
1126o2  経営したのは父平野十郎で、石城川(現在は由布市挾間町)の出身。実家は江戸時代名字帯刀を許された家柄だったそうだ。
 豊後中村や豊後森で警察官をして、そのあと別府市の中町(流川通りと秋葉神社の間の旧国道)にあった銀行で支店長をつとめ、やめて竹瓦アパートを始めた。銀行は「福岡無尽」といっていたのではなかったかという。
 木下さんは小学校5年の終わり頃にそれまで住んでいた朝見から竹瓦へ引っ越し、学校も蓮田小学校から北小学校へ転校した。その頃、開業したのではないかという。
  ◇  ◇  ◇  
 掲載したのは、昭和11年7月7日の今日新聞に掲載された「竹瓦アパート」の「新開設」の広告。7、8月にたびたび掲載されており、この頃に開業したようだ。どんな旅館がわからないが、「元富部旅館跡」とも書かれている。電話はこの時「五百五十一番」だった。(続く)
  ◇  ◇  ◇  
 ※昭和12年現在の別府旅館協会加盟旅館や同15年現在の『温泉大鑑』掲載旅館の表では電話番号が「551」。旅館規模は『温泉大鑑』では部屋数が14、収容人数が40人となっている。
 昭和13年『電話番号簿』には「竹瓦アパート/平野十郎/310/竹瓦」とあって番号が違う。昭和10年代の『別府市旅館案内』でも電話番号は310番(経営者名も同じ)。

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