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No837 竹瓦界隈物語

ひっそり裏通りの静けさ
木下さんの写真に写る竹瓦アパートや伊丹孝 親子の情愛もほのぼのと

1127o15  今回は木下八重子さん(83)=市内山の手=に提供していただいた竹瓦アパート周辺の、戦後まもない昭和28、29年頃の写真を紹介する。
1127o15_2  前回も書いたように、竹瓦アパートは昭和11年頃に木下さんの父平野十郎が始め、位置は関屋旅館の裏手だった。竹瓦温泉西側の横通りと裏銀座の中間にある横通りで、今でも比較的人通りが少ない場所。竹瓦アパートはこの通りに面して西側にあった。
 掲載した1枚はその玄関の様子で、木下さんのお姉さんと子供が写っている。
1127o25  さらにもう1枚は玄関前の通りを北に向かって撮影した写真で、長男成通さん(昭和27年生まれ)を抱いた亡夫泰行さんが上半身裸で写っている。あどけない我が子を抱いた父親の喜びが伝わってきそうな写真だが、まわりに静かな裏通りの風情が漂っている。
 1127o2 画面左端は料亭「伊丹孝」の塀で、庭の緑が通りにせり出している。右側は旅館あさひの裏側だが、立派な石の門柱や鉄の柵があり、元々は立派な屋敷だったのではないだろうかと想像される。画面奥は梅園町へと通じる縦通りがあって3階建ての旅館らしい建物が見えている。
 当時は1本西側の裏銀座の通りは、小さな飲み屋などがひしめく盛り場だったし、反対側の1本東側の通りも竹瓦温泉の入湯客で賑わっていたと思われるが、繁華な町の真ん中にあることを感じさせない閑静な雰囲気のある一画だった。
  ◇  ◇  ◇  
1127o1  さらにもう1枚は竹瓦温泉前で成通さんを抱く八重子さんらの写真だが、当時は石積みで隔てられ温泉前の道路は今と比べるとかなり狭かった。ちなみに背後に写っているのは、右から鶴萬旅館の屋根、小松質屋とその背後の高い建物が児玉旅館。(続く)
  ◇  ◇  ◇  
 ※料亭の「伊丹孝」は戦前からあり、昭和12年『別府案内』の商工人名録の料理業の部に、「北浜/伊丹孝/一〇四三/酒井トク」とある。昭和13年『電話番号簿』にも「伊丹孝/酒井とく/1043/北浜(竹瓦裏通)/料理業」と掲載されている。

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