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No839 竹瓦界隈物語

警察勤務のあと清秀館開く
竹田出身の工藤翠 界隈に庄内屋旅館も

1130o15  これまで竹瓦温泉界隈の旅館の紹介を続けてきたが、掲載した昭和16年の地図を見ると、山手から庄内屋旅館、旅館清秀館の名前も記されている。
 このうち清秀館は地図上では東西が銀座街と裏銀座、南北が梅園通りと新宮通りに囲まれているように見えるが、正確な位置は不明。
 ただ、昭和11年9月19日『今日新聞』には「市区改正道路を/因縁や情実で曲げ過る」の見出しで「清秀館の建物(工藤翠氏所有)のみが道路に出て曲げられてゐる」と指摘した記事が出ており、旅館の一部は現在の銀座街(国際通りソルパセオ)の上にあったのだろう。
1130o15_2  大正14年『大別府大観』は「工藤翠氏(実業家)明治三年本県出身。岡藩に録を食む。明治三十年警察署に奉職し刑事部長となる。大正六年迄で二十年間官職にあり退職後高等貸間清秀館として営業を営む。清秀館は岡藩にならい屋号を付く。尚又区長に推薦され今日に至る。氏は書画骨董の趣味あり。(別府市北浜区)」(注・句点を補った)と記しており、竹田の出身で、警察官を大正6年まで勤めたあと清秀館を始めたようだ。(続く)
  ◇  ◇  ◇  
 ※昭和10年代『別府市旅館案内』では「清秀館/一一二〇/ハ/工藤カツ」、「庄内屋/ニ/安部要」とある。
1130o15_3  ※戦後の1949年版『大分県商工銘鑑』では「庄内屋/別府市北浜/創大正九年/経営者安部要/電九五九番/(級)五(収容)五〇人/(浴)普通有/(交通)桟橋より三分駅より十三分」とあって、庄内屋(安部要)の創業は大正9年だっ

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