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あれ?通信欄がない明治39年7月「筑前」宛て住所しか書けなかった
明治39年7月21日の日付印は、局名も「豊後別府」と古めかしい言い方。宛先も福岡県ではなく、「筑前」の嘉穂郡に差し出している。 何よりの特徴は、住所の下にあるべき通信文のスペースがないこと。実は通信文を書く欄が設けられるようになったのは明治40年4月1日からのことで、39年にはまだなかった。 なお絵葉書の写真は別府港南側にあった砂湯の風景で、今のゆめタウンの位置。素っ裸の男女もいて、大らかな時代を感じさせる。(続く)
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