No997 鉄輪物語
しこ名は“常盤崎”
ときわや加藤新六いでゆ坂沿いに弟子らが墓碑
老舗旅館ときわや(常盤屋)加藤新平のあとを継いだのは長男新六=大正10年(1921)10月4日没、享年83歳=。
いでゆ坂沿いの共同温泉「地獄原温泉」とたまの荘の間に「常盤崎加藤新六墓」という墓碑が建っている。「時津風内九州頭取」、「明治二十六年三月穀旦 諸弟子共立焉」という文字も刻まれていて、さらに土台部分には弟子たちなのだろうか、たくさんの人名が並んでいる。
新六は体が大きく相撲好きで、しこ名が常盤崎だった。時津風というのは、戦前69連勝したことで知られる宇佐出身の双葉山が引退後に襲名したが、もともとは大阪相撲の名跡だった。
頭取という言葉は文字通り「長たる者」で、辞書によると「相撲取りの取り締まりをする人」という意味がある。おそらく大勢の弟子を育て、村相撲を開いたりしていたのだろう。
明治26年3月吉日に弟子たちが共同で建立したと記されている。(続く)
◇ ◇ ◇
※墓碑建立の明治26年には新六はまだ50代で健在だったが、「墓」とはどういうことだったのだろうか。
※加藤家の血筋は体格がよく、現在の10代目当主義矩さん(65)も180センチの長身。
















































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