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No1017 鉄輪物語

元湯が渋の湯だった
昔は白濁不透明で硫化水素も

0726o1  改めて鉄輪の温泉のことを知るために、昔の資料をひもといてみたい。しばらくおつきあいをお願いしたい。
  ◇  ◇  ◇  
 つい数年前まで渋の湯と向かい合わせにあった「元湯」。元湯温泉組合が運営する市有区営の温泉だったが、老朽化していたため、まちづくり交付金事業の一環で取り壊されポケットパークに生まれ変わった。
0726o2  ややこしい話だが、この元湯が昔の渋の湯だった。現在の渋の湯は明治28年にでき、当時は「新湯」と呼ばれていた。
 というわけで元湯の位置にあった、昔の渋の湯のことなのだが、往時は硫黄泉で白濁し硫化水素の臭気がしていたというのだから不思議だ。
  ◇  ◇  ◇  
 渋の湯と熱の湯の両温泉について古い資料を見ると、明治19年「日本鉱泉誌」は「渋ノ湯一名生キ湯 熱ノ湯 泉質 渋ノ湯酸性泉、熱ノ湯塩類泉」と渋の湯が酸性泉、熱の湯が塩類泉と説明している。
 明治27年「別府温泉紀事」は「鉄輪に、渋の湯、熱の湯あり、鶴見に明礬湯あり」とごく簡単な紹介。
 明治29年「南豊温泉記」の記述はかなり詳しく、「渋の湯 本泉は塩類性硫黄泉なり其性状は白濁色不透明にして盛んに硫化水素の臭気を放つものあり 医治効用は田の湯に同じ 俗間伝称の効能は軽微黴毒、疥癬遺毒を発表し、浴するに従ひ、漸々治癒すと云ふ」「熱の湯 本泉は炭酸性単純泉にして其性状は無色浄澄臭気なく且清涼の味を含み質楠湯と同じ 医治効用亦同泉と同じ」とある。
 この頃の渋の湯の「硫黄泉」「白濁不透明」「硫化水素の臭気」といった特徴を見ると、現在の明礬の温泉を思わせる。また田の湯温泉も同じ泉質だったというのだから面白い。なお、年代的には新湯も登場しているはずだが、同書では全く触れてはいない。(続く)
  ◇  ◇  ◇  
 ※元湯は06年5月をもって閉鎖された。

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