No1019 鉄輪物語
なぜか書かれぬ滝湯
明治35年の解説文付属の「蒸し湯」もあった
鉄輪の代表的な温泉のうち、主として渋の湯について古い資料をひもとき、どう記されているか探ってきているが、今回はちょっとだけ滝湯のほうへ寄り道することをご了承いただきたい。
しばらく前に紹介した明治21年の鉄輪の案内書(「鉄輪蒸窖及両温泉分析並医治効用」)には、蒸窖(むし湯のこと)、渋の湯、熱の湯のほかに滝湯(「七ツ瀑」、瀑はたきと読むようだ)も紹介されていた。むし湯、滝湯、渋の湯、熱の湯の順番に一巡り入浴するという“モデルコース”まで書かれていた。
ところが、不思議なことに前回、前々回と見てきたいくつかの案内書には滝湯のことは出てこなかった。
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萬屋旅館の項で部分的に披露したが、明治35年発行の鉄輪全景の鳥瞰図というものがあり、その裏面には「鉄輪明礬温泉案内」と題した解説文が印刷されている。
温泉について「鉄輪温泉は四大湯あり」として、「渋の湯」「熱の湯」「蒸の湯」「新湯」を説明し、あわせて「七ツ瀧」の解説もあって、次のように記されている。
「七ツ瀧は、流行目、逆上目、頭痛、眩暈、肩腰の痛みを治す 其他蒸窖等の備ありて万事完全せる処なり」
滝湯の効能の説明に加え、「其他蒸窖等の備ありて」と書いていて、つまり蒸し湯(蒸窖)の設備も同時にあったことがわかる。(続く)
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※掲載した滝湯の絵葉書は明治45年7月20日に実際に差し出されたもの。ということで、撮影されている情景は少なくともそれより以前であることがわかる。


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