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No1143

昔から野ザルが多かった
明治35年新撰豊後温泉誌を読む四極山と呼ばれた高崎山

0118o2  明治35年「新撰豊後温泉誌」には高崎山(四極山=しはつやま=と呼ばれた)のことも紹介されている。
 最新の調査では1365匹のサルが生息しているそうだが、「此山野猿多し」と100年以上も昔から野ザルは多かったようだ。
 ずっと昔は高崎山の裏側、銭亀峠を通って大分―別府間を行き来していたが、「今や文明の世、馬車自由に通ず」などと山の麓の道路(現在の別大国道)の通行が自由にできるようになったことを喜んでいるのも面白い。
  ◇  ◇  ◇  
 原文は次の通り。「四極山(大分郡八幡村大字神崎にあり 此山野猿多し 柴津山とも云ふ) 四極山は一名高崎山と称へ海面より高さ二千三百四十尺(※換算すると709メートル)かんたん湾頭に屹立して頗る嶮峻蜿蜒浜脇市街を擁す 山上大友氏の城墟あり 礁楼の礎石今尚存せり 大分に通ずる国道、電信柱、電気鉄道、皆此山麓海浜を迂回せり 昔は大分に通ずるに山西銭亀の嶮路を越せりといふ 今や文明の世、馬車自由に通ず 聖恩思ふべし」。
  ◇  ◇  ◇  
 ※サル寄せは上田保大分市長が昭和27年から始めた。「また27年暮れに始めた 高崎山 のサル寄せの成功( 高崎山自然動物公園 )は、上田を一躍有名にした。」(OBSのHPより)
 ※四極山の名前の由来は「四方を見極めることができる山」(大分県立図書館のHPより)。

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