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No1233

戦後3代目くれない丸
大正初期の雑誌活動の九州より関西汽船は昭和17年設立

0613o15  明治45年大阪別府航路に就航した大阪商船のくれなゐ丸の話が広がっていっているが、せっかくの機会なので、戦後の関西汽船のくれない丸についても触れる。
 すでに紹介したように、最初のくれなゐ丸は大正10年で大阪徳島線に移った。2代目に当たる、新造船くれなゐ丸は大正13年に就航した。
0613o15_2  さらに戦後の昭和35年に就航した関西汽船のくれない丸は、通算すると3代目ということになる。
 このくれない丸は2999・01トン、旅客定員1166人。「関西汽船の船半世紀」(94年発行、発行・編集関西汽船海上共済会)という本では、瀬戸内海の観光船の最初の船と紹介し、昼間の瀬戸内海を航行し、新婚旅行や外国人観光客で常に賑わっていたと書いている。(「瀬戸内海の観光船就航幕開け第一船。映画館、理容室等設備、内装をはじめあらゆる面で最高の技術を駆使し、内航客船とはいえ日本の客船を代表する船であった。船体色の「ハーパーグリーン」は、ハープの音色のように涼やかな緑色をということで考案され、本船以降全船順次塗り替えられたが、いつのまにか「ハーパーグリーン」という色名が通称となった。当時としては最高の航海速力である18ノットで昼間の瀬戸内海を航行。新婚旅行、外国人観光客らで常ににぎわい、また全国の修学旅行にも愛用されたので、今でも多くの人々の思い出に残っている船であろう。」)
0613o2  なお、関西汽船は大阪商船内航部などが中心となって、昭和17年5月4日に設立された。(続く)

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