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No1763

砂湯写真師のマッサン
松原公園そばに増田萬集堂

 戦前の別府で砂湯写真師として活躍したマッサンこと増田熊太郎。それ以前は福岡市で、報道写真家の大崎大造(1889―1959)=号は周水=の下で働いていたようだ。巴との結婚も大崎に仲人をしてもらった。

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 大崎は現在も博多区上川端町にある額縁・画材の店「大崎周水堂」の創業者。広島市出身で、東京で撮影と製版技術を学び、明治末に福岡日々新聞社へカメラ記者第1号として入社した。店の開業は1920年(大正9)で、額縁だけでなく福岡県の名所絵葉書の発行・販売もした。=「大崎周水写真集・104冊のアルバムから」(1992年、葦書房発行)を参考にした。
  ◇  ◇  ◇  

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 詳しいことはわからないが、増田が別府で最初に開いた住吉町通りの店は「周水堂」の看板を掲げ、周水堂の名前で別府名所の絵葉書も発行していた。
 その後、松原公園東側に移った時に、完全に独立して「増田萬集堂」と名乗った。(続く)
  ◇  ◇  ◇  
 掲載した絵葉書は「別府松原通り」のタイトルで、「周水堂製」とある。(住吉町通りとは書かれていないが、通り名の区別はあまり厳密ではなかったのだろう)

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 遊郭が並ぶ浜脇・新町から新町橋(旧国道にかかる朝見川橋より1本海側の橋)を渡り、住吉神社や松原公園へ続く道は、現在は静かな通りだが、かつては非常に賑わっていた。
 画面右手の「絵はがき」と大書した看板の店が周水堂(紙面では見づらいが看板に「SHUSUIDO」とある)で、つり下げられているのはブロマイドのようだ。画面奥の松の木は松原公園。
 なお、筆者の手元には、浜脇遊郭、浴場など周水堂が発行した別府名所の絵葉書が数枚ある。古くから別府名所絵葉書を多種類かつ大量に作った萩原号、和田といった発行元に比べるとわずかなので、絵葉書製作はごく1時期だったと思われる。

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 掲載したもう1枚の「増田萬集堂」の写真では、文字が薄れているがテント上部に「MASUDA―BANSHUDO」と読める。その下は「絵はがきガクブチ各種増田萬集堂」。妻巴が抱いている長男実さん(大正11年生まれ)がまだ幼いので、撮影時期がおおよそわかる。
 ところで増田は十河(そごう)家に生まれ、増田家の養子になった。一緒に写っている老婦人は、高松から遊びに来た十河家の人。一族からは「新幹線の父」と呼ばれた国鉄総裁、十河信二が出ている。増田家も藩の剣術師範だった家柄。

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