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No1770

堀田温泉場聞き語り

青年団が水を抜き池干し
陸軍演習のため作られた東温泉

 市営堀田温泉の南にある、地元では堤(つつみ)と呼ぶ池の風情は昔も今も変わらない。

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 佐藤静資さん(83)が青年団の頃は、毎年3月終わりに堤の水を抜き池干しをしていた。つかまえたコイは売り、大きなウナギは打ち上げの時にみなで食べたという。
 今は栓が取れなくなっているため、久しく池の水も抜かれていないままだ。
  ◇  ◇  ◇  
 旧旅館街の奥に温泉跡だけが残る堀田西温泉は、大正10年(1921)に建てられた。平成3年2月に強風で屋根が壊れたのがきっかけで、同6年に閉鎖された。

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 一方、道路そばにあった堀田東温泉が建てられたのは昭和10年(1935)。平成15年に閉鎖され、今は新しい道路の下になっている。
 佐藤さんによると、この東温泉ができたのは、扇山に陸軍演習地があったため。
 ラッパを吹きながら、大勢の兵隊たちが行進して東温泉に来た。大人数がいっぺんに入るため、場所を取らないように兵隊たちは両手を上げて浸かっていた。
 兵舎として使われたのは、大正時代まであった畜産試験場九州支場(当初は農商務省大分種牛所)の建物だったという。(続く)
  ◇  ◇  ◇  

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 ※掲載した堀田東温泉の写真には小さく、別府市温泉課のお知らせの張り紙も写っている。「堀田温泉は、平成15年3月19日別府市議会において廃止が決定され、本日4月8日から施設を閉鎖しますので立ち入りを禁止します。」と書かれている。その後、県道拡幅工事に伴い、平成18年末に取り壊された。
 ※かつては湯の花小屋もあったことなど、佐藤さんの興味深い話題は尽きない。次回は資料を中心に堀田温泉場の昔を見てみたい。なお、佐藤家は立石七姓の1つで、大友氏に従って豊後に下ってきた武士の家系なのだそうだ。

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