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No1776

江戸の古地図から発案
北九州・熊本の住宅案内図も

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 昭和26年に別府市住宅案内図を出した島末昌春は大分市、北九州、熊本市と各地の住宅案内図を手がけていった。
 翌27年発行の「大分市住宅案内図」からは、発行所は行合町十三(現在は駅前本町8番)の自宅2階に移っている。不動産業を営んでいた妻照代の父(日衛島=ひえじま=一馬)の援助で借りていた。

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 長男良雄さんによると、向かいの貸席新猫の裏手にあったアパートでも10人以上が作図の作業をするなど、多くの従業員が活発に働いていた。印刷が上がって地図の配達時の様子だったようだが、スクーターが10数台ずらりと止めてあったのも覚えている。

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 「予約注文制も父のアイデアです」。発行前に、広告や地図購入の契約を取ってたくさんのハンコを集め、その書類を担保に銀行から融資してもらっていた。ただやさしい性格だったため、事業家としては大きな成功を得るまでには至らなかった。「アイデアマンとしてはすばらしかったのですが」。
 その後、神戸に移り住んで、関西で地図の発行をした。昭和61年、59歳で亡くなった。
  ◇  ◇  ◇  

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 島末家のルーツは日出町豊岡だが、生まれたのは満州。戦後、別府へ引き揚げてきて、書籍販売の会社に勤めていた。古書店の軒先で江戸の古地図を見かけたのがきっかけで、住宅案内図発行を思い立ったという。

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住宅地図生みの親 島末昌春
昭和26年千代町の光進堂で印刷

 「住宅地図の生みの親は父です」と話すのは、島末昌春(しますえ・まさはる、正確には嶌末)の長男良雄さん(67)=市内在住=。

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 手元には2冊の「別府市住宅案内図」(昭和26年、29年)をはじめ、大分市(27年、29年)、熊本市(32年)、小倉市(28年)、戸畑市(29年)、門司市(30年、31年)、若松・戸畑市(32年)と戦後まもない頃の住宅案内図10冊が保存されている。いずれも編集兼発行人は島末昌春、発行所は住宅詳細案内図刊行会となっている。

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 29年の別府市分だけ「島末鎌造(昌春事)」と書かれているのは、画数がよくないからと縁起をかついで、この時期だけ使っていた名前。
  ◇  ◇  ◇  
 最も早い昭和26年の「別府市住宅案内図」では、発行所の所在地と電話番号は「別府市羽衣町一一一二番地」「電話七五三番」で、印刷所の光進堂印刷株式会社と同じ。地図上では「刊行会」は印刷会社北隣りに記載されているが、印刷会社内に間借りをしていたのではないかと推測される。

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 現在の千代町12番で、大分みらい信用金庫南支店そばの「とらや」駐車場の位置。ここが「住宅案内図」の発祥の地だったようだ。

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 この案内図に描かれているのは市内中心部(境川以南)9ページと亀川1ページの10ページのみで、まだ全市をカバーできておらず、地域によっては横向きに描かれているなど、草創期らしい試行錯誤の跡がうかがえる。(続く)

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