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2018年8月 9日 (木)

地域に寄り添い活性化を

大分みらい信用金庫理事長
森田 展弘(もりた・のぶひろ)さん(61)

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 6月の総代会終了後の理事会で、第11代理事長に就任。8年ぶりの理事長交代となった。
 勤続39年の中のほとんどを営業畑で過ごした。「おかげで、多くのお客様と知り合うことができました」と笑顔を見せる。
 みらい信金は、地元有志による「有限責任別府信用組合」として設立され、常に地域と共に歩んできた。平成34年には創立100周年を迎え、「盤石な100年金庫の構築」という長期ビジョンを策定。「しんきんかん」を合言葉に、預金量4千億円、貸出金2千億円などを具体的な目標に掲げている。
 「私どもをメインバンクとして選んでいただいている事業者数を引き上げていきたい。また、地域への感謝の気持ちを形として残したいと思っています」と話す。
 「地域の皆さまから笑顔をいただける信用金庫を目指す」を就任のスローガンに。「信用金庫の究極的な目的は、地域の活性化。そのためには、この街で暮らし、働く人が増えていくことが必要。創業支援や事業継承に力を入れていきたい。別府の経済は外国人をはじめとする観光客の増加から、街ににぎわいが出ていると感じる一方で、競合の激化や慢性的な人手不足などの不安の声も聞く。お客さまの悩みにしっかり向き合いたい」と語る。
 大分市出身で、大分大学卒。昭和54年に別府信用金庫に入庫し、大分支店を皮切りに大分市内の支店を回り平成14年に鶴崎森町支店長に。平成20年に営業推進部長、24年に別府地区統括執行役員、26年からは常務理事として別府地区営業統括や融資部門を担当した。
 平成11年に始めたみらい経営者スクールは現在でも続いており、470名以上の卒業生を輩出し、互いに交流を深めている。また、年金旅行を復活させ、平成23年に北海道の大地みらい信用金庫と連携。「旅行プランをたてるのが好きで、普通のツアーにはない、地元の人がいいなと思う所を巡り、大好評だった。地元の信金と連携したからこそできた。これがきっかけで、全国の温泉地の信金とのネットワークを立ち上げるなど広がりをみせている。今後も、地元ならではの面白いプランを全国の信用金庫に提案していきたい」と熱く語る。
 座右の銘は「日々是好日」。「失敗経験も含めて、今のこの時にしかできない経験に感謝しながら生きること。経験を積み重ねていくことで、人間味を増していきたい」と話す。家族は妻と長女。趣味はボウリング。大分市在住。

2018年8月 8日 (水)

魅力的な別府を国内外へ

別府市副市長
川上 隆(かわかみ・たかし)さん(46)

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 6月の定例別府市議会で選任案が同意され、7月30日に着任。
 別府での勤務は初めてだが、2年半前に観光で訪れたという。「温泉が好きで、別府に来ました。1泊2日でしたが、砂湯や泥湯など4カ所に入りました。海もあって山もあって、良い町だなという印象です」と笑顔で話す。
 長く中小企業支援を担当したが、直接地域の人と一緒に仕事をする機会がなく、「地域に密着した、より現場に近い最前線で仕事がしたい」と以前から人事係に申し出ていたところ、今回の別府市出向に。「(別府に出向と聞いて)うれしかったです。別府は、単なる日本の温泉地ではなく、海外を見据えて活性化し、発展していこういう力強い意志がある取り組みをしていると思います。立命館アジア太平洋大学もあり、外国人留学生も沢山いて、地域になじんでいる」と語る。
 新潟県長岡市出身で、栃尾高校卒業後に当時の通商産業省(現・経済産業省)に入省。その後、仕事と勉強を両立させながら、専修大学経済学部を卒業した。「当時、通産省自体が、仕事をしながら勉強ができる環境を作ってくれていた。上司の勧めもあり、周りにもそういう人が多くいた」と話す。
 関東経済産業局経営支援課中小企業調整官、大臣官房秘書課管理専門職などを歴任。好きな言葉は「因果応報」。「悪い意味ではなく、良い事をすれば自分にも良いことが、悪いことをすれば自分にも悪いことが返ってくる。つまり、自分のやったことは自分に降りかかってくるということ」。
 今年は10月に第33回国民文化祭・おおいた2018、第18回全国障害者芸術・文化祭おおいた大会が控え、来年にはラグビーW杯で別府市も現在強豪3チームのキャンプが内定するなど、ビッグイベントが続く。
 「旅行でのお金のかけ方は、国や人によっても違うと思う。今の時代、SNSでディープな世界を知ることができるので、情報を見ながらやってくる。観光客のニーズを捉え、地域にお金が落ちる仕組みづくりが大切」
 「1つ1つ、目の前のことをやっていきたい。別府のことをもっと好きになりたいし、魅力的な別府を国内外にその名を轟かせたい。まずは温泉に入って、地元の方に話しかけてもらえるようになりたい。いろんな角度からトライしていければ」と語る。
 趣味は登山と市場巡り。家族は妻と娘2人の子宝に恵まれた。現在は、野口元町で単身赴任。

2018年7月14日 (土)

会員拡大し新たな風を

別府商工会議所青年部会長
松川 大悟(まつかわ・だいご)さん(42)

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 4月から、別府商工会議所青年部の第32代会長に就任。会員74人とともに、別府の発展に貢献すべく、日夜努力を欠かさない。
 青年部の役割は、会員の自己成長と研鑽を目的に活動や外部講師による勉強会などで様々なことを学び、会員がそれぞれ所属する事業所で学んだことを生かすことで、地域、別府の発展につなげていくこと。「異業種交流も積極的に行い、会員の横のつながりを強くできることが、メリットの1つだと思う」。
 また、会長に就任して思うこととして「いかに会員をまとめていくか。いわば『74人の社員』を抱えたようなものだが、かといって単に「やれ」と言うだけではなく、それぞれの立場や状況を考えて行動し、引っ張っていく。難しいところはあるが、これによって組織を動かす力がついていくと思っている」と、述べた。
 8月5日から4カ月かけて、市内の小学生高学年を対象に実施する「第1回ジュニアエコノミーカレッジin別府」は、子どもたちが商売について学べる貴重な機会。「模擬的に株式会社を立ち上げ、事業計画、運営、仕入れ、閉店まで行ってもらう。こういった勉強をすることで未来の企業家を育成していく。大人になり、商売に取り組んでくれる子が1人でも増えるとうれしい」と語った。
 同会の今後について、「私が入会した平成20年に比べて、会員が30人近く減っている。人口の減少や若手の県外流出もあるが、30代になって地元に戻ってくる人もいると思う。対外的な活動で青年部の認知を広げていき、1人でも多く会員を増やしていきたい。仲間が増えれば新たな風が吹き、更なる相互交流が自己の成長、青年部の発展、地域発展のパワーになると信じている」と話した。
 別府市出身で、松川峰生市議会議員の長男として1977年1月2日に生まれる。県立別府青山高校、関西大学を経て、2002年に「わかあゆスイミングクラブ」の主任コーチとして入職。現在は創業40年に及ぶ同クラブの代表を引き継ぎ、親子3代で通う会員も現れる人気クラブに成長させている。
 実相寺の自宅に妻、長男、長女の4人で暮らしている。座右の銘は「何事においても精一杯」。

2018年6月26日 (火)

環境に沿った基盤づくり

社会福祉法人太陽の家理事長
山下 達夫(やました・たつお)さん(59)

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 障がい者に「保護より、機会を」と故・中村裕博士が創設した太陽の家に、初めて車いす使用者の理事長が誕生した。
 山口県下関市出身で、1歳2カ月の時に、脊髄性小児麻痺で右半身がマヒ。左半身も手首、足首が動かせる程度の重度の障がいとなった。
 「私には、夢があった。それは、家族を持つこと。その夢を叶えるには、太陽の家が良いと思い入所しました」と話す。18歳の時に授産施設の利用者として入所。「先輩たちが積極的に町に出ていたおかげだと思うが、車いすでいても振り返ったりする人はいないし、子どもたちは声をかけてくれたりして、障がい者に対して、町の人が『普通』だった。当時、障がい者が働くなんて考えられなかったし、中村先生は多くの批判を押しのけて尽力してくれたと思う」振り返る。
 1983年、中村博士が、手足にハンディはあっても、頭脳労働においてはハンディとはならない、としてIT関連企業である三菱商事太陽株式会社を創業すると、システムエンジニアとして入社。「それまで訓練生だったので、正式な雇用ではなかった。三菱商事太陽に入社したことで、家族を持つことも出来た」と話す。
 その後、総務に異動になり「とても大変だった。経験がなかったので、徹夜が続いてポリープが出来たほど。でも、人脈も出来たし、その経験があったからこそ、今の自分があると思う」。社長、会長となってからも現場主義を大切にし、いつでも相談できるオープンな環境づくりに努めてきた。「三菱商事太陽をつくった時に、中村先生は50人規模にし、在宅就労できるようにしたいとおっしゃっていた。今は在宅就労もやっているし、100人を超える規模になったので、夢を実現できたかなと思う」。
 2016年から2年間、太陽の家の副理事長を務め、今年6月20日に理事長に就任した。
 「精神障がい者の雇用も進めていきたい。障がい者も高齢化しており、定年後をどのように見守るかも太陽の家の役目だと思う。現在、共同出資会社が8社あるが、企業は仕事を提供し、太陽の家は障がい者のサポートをする役割がある。しかし、それが曖昧になってきたので、明確化して、協力関係を強化していきたい」と話す。
 また、働く障がい者には「感動される人から、感謝される人になってほしい。障がいのある人が働いているから感動するというのではなく、目に見えない部品でもそれを使う人が感謝をしてくれるような仕事をすれば、自立につながる」と言う。
 「太陽の家の3つの柱は、障がい者の働く機会の提供、地域密着、自立の場の提供です。世の中は大きく変化しているが、この3つの柱は変わらない。もう一度原点に戻りながら、環境に沿った基盤づくりをしたい」と語った。
 現在は妻と2人暮らしだが、娘2人に孫2人がいる。亀川浜田町在住。

2018年6月15日 (金)

安心安全な環境づくり

別府市PTA連合会会長
大塚 俊夫(おおつか としお)さん(42)

 5月の定期総会で連合会の会長に選任された。PTA活動での役員経験は、境川小学校で副会長2年、会長3年、中部中学校で会長2年と長い。

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 しかし、学校単位での活動と全体を見据える連合会の活動には違いがある。「単Pでの活動が原理・原則だと思う。1つの学校単位では解決できないことがどうしてもあるので、その声を行政に上げていくのが連合会の役割だと考えています」
 「子どもたちが安心して安全に過ごせる環境づくりと先生たちが教育しやすい環境づくりを協力してやっていくことが大切。先生が教育しやすい環境ということは、子どもたちにとっても勉強に集中でき、学力向上につながると思う」と話す。
 昨年10月には約8200人が参加して「第62回日本PTA九州ブロック九州大会おおいた大会」が開かれ、来年1月には県P研究大会別府大会と大きな大会が続く。「いつもの活動をしっかりやっていきながら、大会が成功できるように取り組んでいきたい」と地に足のついた活動を堅実に行う。
 平成30年度の努力目標は「あったか湯のまち 子どもの夢と笑顔がいっぱい」をスローガンに、「家庭・学校・地域の絆で 子どもに夢と笑顔を育むPTA活動」を重点とした。その上で小、中学校ごとに会長会を作りたい考え。「公式ではなくても、会長会を作って意見交換や情報共有などができれば良いのではないかと思う」と話す。
 さらに、連合会では、昨年度から防災活動にも力を入れている。「家庭、学校、地域が一緒に取り組めるものだと思う。地域の方には、子どもたちの見守りなどで協力してもらっているが、なかなか返せていない。ない方が良いが、もし有事の時は、自分たちが声かけをしたりする流れが出来ているといいかなと思う。中部中学校では、終業式の時にあいさつ運動をしており、地域の人とも顔見知りになることで安心安全にもつながると思う」。他にも境川小P時代には餅つき大会をスタートさせるなど地域とのつながりを大切にしてきた。
 別府市生まれの別府市育ち。別府商業高校卒。上野口で「オオツカ電器」を営んでいる。妻と2人の娘、息子の4人家族。

2018年5月 7日 (月)

使命は「つなぐ」こと

日本政策金融公庫別府支店長
伊藤 靖生(いとう・やすお)さん(49)

 今年4月、鹿児島支店国民生活事業副事業統轄から、別府支店長に就任した。

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 「日本政策金融公庫の存在は知っていても、ご相談いただいたことのないお客さまは大勢いると思います。お気軽にご相談いただければ、お客さまの幅広いニーズに職員一同、全力でサポートしていきます。また、地域の発展に尽くすことで、地域の活性化に貢献していきたいです。その中で、公庫としての役割を最大限に発揮していきたいと考えています」と切り出した。
 日本政策金融公庫の役割として、セーフティネット需要へのきめ細やかな対応だけでなく、成長戦略分野への重点的な対応が挙げられる。創業支援、海外展開支援、ソーシャルビジネス支援には引き続き積極的に取り組んでいく。
 事業再生の分野でも、相談者と課題を共有しながら解決していきたいと考えている。国内喫緊の課題である事業承継の分野にも積極的に取り組んでいくため、公庫が有している情報を活用してほしいという。
 別府は、全国屈指の豊富な観光資源があり、インバウンドを含めた需要に応えていくことが、別府の発展に大きく寄与すると考えており、日本政策金融公庫も、お客さまを民間金融機関や外部関係機関につなぐ役割を使命とし、別府の発展に貢献していく。
 昭和43年生まれ、京都市出身。平成3年3月、関西学院大学社会学部を卒業。同年4月に日本政策金融公庫に入庫。振り出しは宮崎支店だった。和歌山支店、本店、熊本支店、福岡支店、鹿児島支店などで勤務した。
 趣味は、旅行、温泉。支店勤務時は、その支店のある県内巡り。温泉が好きで、別府で宿舎から近い温泉に通っている。「100円で入れるのは、とても良い」と話す。
 好きな言葉は「事実が一番大事」。事実に基づき行動することを第一に考えており、事実を把握し、その対策をするように心がけている。
 宮崎県に自宅があり、夫人と2男。自身は、別府に単身赴任中。

2018年4月28日 (土)

議員提案実現の仕組みを

日出町議会議長
森 昭人(もり・あきひと)さん(53)

 臨時会で議長に選任された。当選5回。初当選は37歳の時で、日出町議会では歴代で2番目に若かった。

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 「自分も子どもが小さかったので、子育て世代の代表として、施策を考えたいと思った」と当時を振り返る。
 当時は市町村合併をするかどうかの議論の真っ只中で「日出町の財政を考えれば、市町村合併をする方が良いと考えていた。自分もその協議に参加して、日出町の発展に寄与したいと思った」と言う。当選後は協議の場に参加したが、合併賛成派と反対派による町長選挙で反対派だった工藤義見氏が当選し、日出町は単独の道を行くことに。
 「町民の皆さんが選んだことですので、それはそれとして受け止め、ではこれからどう財政を立て直していくのかに専念した。あの苦しい時期を知る議員も少なくなった。経験した者として、責任をもってやっていかないといけないと思う。まだ行政に届いていない声もあると思うので、そういった声を拾っていきたい」と話す。
 どこの市町村も人口減少に伴い、移住・定住対策を行っているが、日出町もこれまで人口増だったのが平成27年の国勢調査で初めて減少に転じた。「転入者を増やそうという取り組みはもちろん大切だが、今、住んでいる人を幸せにする施策も大切だと思う。そこに住んでいる人が幸せであれば、外の人を呼ぶことにもつながると思う」。
 また、災害対策についても「日出町は災害の少ない町であるからこそ、大規模な災害への備えが必要と思う。防災意識の向上とあわせ、行政と協力して力を入れていきたい」とした。
 議長としては「議員が一般質問で政策を提案しても、一方通行になることが多い。協議すると答えても、一向に進まない場合があり、こういったことがないような仕組みづくりをしていきたい」とし、本田町政に対しては「住民のために必要な施策については、応援していきたい」と是々非々の姿勢で望む。
 別府市育ちで、小学生の頃に日出町に転入。別府鶴見丘高校から日本大学理工学部を卒業。趣味は料理。「時間のある時は料理を作ります。買い物も自分でするし、ストレス解消になります」と笑顔を見せる。日出地区で妻と1女1男の4人家族。

2018年4月18日 (水)

安心と安全の確保のために

別府市消防長に就任
本田 敏彦(ほんだ・としひこ)さん(58)

 「今年は世界温泉地サミット、来年はラグビーワールドカップがあり、多くの観光客が訪れる。大規模店舗への査察など予防にも力を入れ、市民だけでなく観光客の安心、安全を確保しなければならない」と切り出した。

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 今年度、市消防団長も新任。消防に新しい風を入れて、車の両輪として一致団結して対応に当たりたいという。
 「署員には、自分たちが誇れるような市消防本部にしてほしい。消防本部、消防署の全員が同じ目標を持ち、同じ方向を向くこと。災害時は、その気持ちを胸に限られた資器材でシンプルに活動するように指導している。そして、ベテランには消防署に配属されたときの気持ちを思い出し、新たな気持ちで訓練や現場活動をしてほしい」と続けた。
 市民には「校区や地区で行われる訓練には、積極的に参加してほしい。救命処置や消火器の使い方などを経験していると、それが災害時に活きることとなる。住宅用火災警報器を設置することが、命を守ることにつながる。災害は、他人事と思わず、危機感を持ってほしい」と呼びかける。
 市消防署員時、阪神淡路大震災が発生、現場で支援派遣の経験も。
 取材時に、中津市耶馬渓町で大規模な山崩れがあり、市消防本部から救助隊と救急隊の計8人が出発した。
 「送り出す方は、2次災害に巻き込まれないか、けがはしていないかなど、気が気ではない。現場から戻ってきたら、経験したことを他の職員に伝えてほしい」と話した。
 昭和34年生まれ、別府市出身の58歳。昭和52年3月に高校を卒業し、一般企業に就職。59年4月に消防士を拝命し、県消防学校に6カ月入校。振り出しは本署消防隊だった。平成26年4月に市消防署第1中隊長、28年4月に消防署長を務め、30年4月に消防長を拝命した。
 趣味は物作りで、本棚やテーブルなどを作った。
 好きな言葉は、「使う鍬(くわ)は錆びない」。訓練などを怠ると、技術などは訓練前に戻ってしまう。新しいことを学ぶなど努力をしていなければ、技能や知識は進歩しないし、経験に勝るものはない。

2018年4月17日 (火)

常に変化し前進を

別府市教育委員会教育参事
稲尾 隆(いなお・たかし)さん(57)

 初めての教育委員会での勤務だが、これまで財産活用課や公民連携課などでの関わりも多い。

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 平成33年度に浜脇中学校と山の手中学校の統合を控えている他、市立図書館と市美術館の一体整備、子どもの学力向上などハード、ソフト両面で課題がある。
 「教員の働き方改革の話もあるが、教員の働きやすい環境は子どもの教育に集中できる環境とイコールだと思う。学校ごとに特色があると思うので、現場とのコミュニケーションをしっかりと取りながらやっていきたい。これまで、中間的な立場で調整する役割が多かったので、経験を生かせると思う」。
 「地域や保護者など関わる人の数が多い。正しい情報を集めて、冷静に判断する。最後には決断力が大事だと思っている」と話す。
 財産活用課長の時には、財産活用推進会議を作り、市有財産の有効活用について道筋をつけ、公共施設マネジメントの取り組みもこの頃に始めた。その後、公民連携室から課になって再び、公共施設マネジメントに携わることに。
 政策推進課長の際にはスクラップ・アンド・ビルドの視点から、補助金の見直しなどに取り組んだ。「財政が厳しいのはベースとして常にあり、行革の取り組みをしながら新規事業にお金をかけていかなければいけなかった」と振り返る。それも、その後の公民連携への取り組みにつながっていく。
 「公民連携は、行政と民間をつなぐのではなく、民間と民間をつなぐのが究極の目的。少しずつ動き出している」と語る。
 昭和60年4月に別府市採用。「自治体の経営というのが話題になっている時期で、自分もそういった事に興味があった」と言う。平成22年に財産活用課長、23年に政策推進課長、27年に保険年金課長、28年に公民連携室長、29年に公民連携課長を歴任。
 「やってみないと正しいかどうかは分からない。現状維持は後退と同じ。常に変化をしていかないといけないと思っている」と言う。趣味は、写真。「30代の頃、秘書広報課にいって初めて一眼レフを手にして、興味を持った。7年程前からまた再開した」と言う。青山町在住。

2018年4月16日 (月)

コミュニケーション大事に

別府市議会事務局長
挾間 章(はざま・あきら)さん(59)

 議会事務局次長から局長に昇任。議会事務局は他の部署と違い、市議が議員活動を円滑に行えるようにする。

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 「次長の経験があるとはいえ、局長は立場が違うので」と話す。
 平成23年に発生した東日本大震災や平成28年に発生した熊本地震の体験を踏まえて「別府市議会として、災害時にどのような行動をすべきなのかをあらかじめ定めることにより、議会機能の維持及び優先事項への対応が取れるようBSP(事業継続計画)を議長を中心に各会派に協議していただき、策定しなければならないと考えています」。
 昭和58年6月に別府市に採用された。「生まれ育った別府市で行政的なもので貢献がしたかった」と語る。平成24年に商工課長、28年に議会事務局次長兼議事総務課長を歴任。過去には、姉妹都市の韓国木浦市に1年間派遣された経験も。「姉妹都市への派遣は、当時の中村市長が行っていた事業で、木浦市へは私で3人目、最後の派遣でした。韓国に行ったこともなかったし、言葉も分からなかったので、迷いましたが、なかなか出来ない経験と思い行った。色々とカルチャーショックがあった」と振り返る。
 また、観光課では「BEPPUドリームバル」の第1回開催に携わり「みんなで必ず成功させようと頑張った思い出がある。夜中まで仕事して夜の別府公園に旗を立てに行ったり、大変だったが、やり甲斐があった」
 「立命館アジア太平洋大学(APU)の開学準備室の時は、留学生に使用しなくなった家電を提供するため、奔走したことを思い出す」。
 「建築住宅課にいた頃は、市営住宅の苦情対応に当たり、コミュニケーションをとってよく話しを聴くことが大切だと感じた。議会事務局でも事務局がバラバラにならないように職員間のコミュニケーションを大切にしたい」と話す。
 現在は母親、妻、1人息子にトイプードルの4人と1匹住まい。犬が好きで、以前は父親が秋田犬を飼っており、多い時で4匹いたとか。趣味はゴルフ。久留米大学商学部卒業、南立石2区在住。

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