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2018年4月12日 (木)

技術職から産業部門へ

別府市経済産業部長

白石 修三(しらいし・しゅうぞう)さん(54)

 土木の技術職として市役所入り。ずっと「技術屋」としてやってきた。経済産業部は、創業・企業支援や企業誘致、竹関連をはじめ、農林水産業、競輪事業と産業における幅広い分野を受け持つ。

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 「どの課も実務経験がないので、勉強中です」と話す。
 大分県の伝統工芸である竹細工は、伝統産業会館のリニューアルも終わり、今後、ニューヨーク支店開設を控えている。競輪事業では、ナイター施設の整備等が終わり、ナイター、ミッドナイト競輪などが行われさらなる収益アップを図る。また、平成31年にはG1レースの開催も決まっている。
 「大きなイベントが終わった後をどうするかが大切だと思う。継続的に維持できるフォローが出来るようにしていきたい」と言う。
 別府市出身だが、親の転勤で各地を回った。大阪工業大学工学部卒。平成5年に別府市に採用された。この年、社会人経験者の採用が初めて行われ、そのうちの1人。大学を出てから、大阪で建設コンサルタントで働き、行政と一緒に仕事をする機会も多く「計画・立案に携わる仕事は行政でしかできない」と考えた。
 JR別府駅前広場やJR亀川駅の自由通路等の事業に携わった。「社会人時代にJRとの仕事も経験していたので、それが役に立った。いつも最後まで事業に携わることは出来なかったが、立ち上げは大変なので、やり甲斐があった」と振り返る。
 平成28年に温泉課長を2年間務め、部長級に。「温泉課では、まだまだやりたいことがあった。事務の見直しや温泉の利活用などを進めていた矢先。別府海浜砂湯の整備もこれからという時期だった」と語る。
 趣味は広範にわたり「その時により、マイブームがあって、こだわるととことんこだわってしまう」と言う。一番長くやったのはスキーだが、現在のマイブームはない。「自分の目で見ないと気がすまない」という現場第一主義。「原理原則は守らないといけない。筋道がたたないことは気持ち悪い」と力説する。大畑で妻とミニチュアシュナウザーと暮している。

2018年4月11日 (水)

行革に全庁体制で取組む

別府市企画部長別府市企画部長
本田 明彦(ほんだ・あきひこ)さん(59)

 財政と政策部門が18年8カ月と長く、行革推進計画の策定には29年度策定した第4次を含め、1次、3次と3回も関わっている。

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 「定員適正化や給与見直し、市民サービスの向上など、やるべきベーシックな部分はいつの時代も変わらない。行革の取り組みは時代の要請に従って、量的な改革から質的な改革に変わってきていると感じている。社会の多様化が進んでおり、政策1つとってもダイバーシティを重視した対応が必要」と話す。
 「事業の計画と予算のバランスを見ながら、行政として絶対にやらなければならない子育て、教育、福祉、インフラの整備など市民が幸せを実感できる部分をしっかりやった上で、総合計画の後期基本計画や総合戦略を推進していかなければならない。計画の推進は持続可能な財政運営があってこそで、そのためには、行革は必要。そこに向かって、全庁体制で取り組めるような体制づくりも企画部の重要な役割だと思う」と語る。
 杵築高校から福岡大学法学部を卒業。昭和58年に別府市に採用された。出身は日出町だが「観光都市の別府で仕事がしたい」と市職員に。平成21年に政策推進課参事、23年に生涯学習課長、27年に政策推進課長、29年に総合政策課長を歴任。
 「生涯学習課長の時に、公会堂の復元に携わることが出来たのが一番の思い出。昭和の初め、公会堂は別府市のランドマークだった。それを自分が課長の時にやれたのは幸せだった。また、多くの外部の団体の人たちとも知り合え、色々な事を教えてもらえた。机の上では良いと思っていても、実際は違うことがある。皆さんの声を聴きながら、リニューアルすることができ、公会堂もきっと喜んでくれていると思う」と振り返る。
 常に現場第一主義。政策推進及び総合政策課長時代には、東山の移動手段を確保するための事業に取り組み、何度も東山地区に足を運び、住民の意見を聴いてきた。「管理部門にありながら、事業にも携わる経験が出来た。色々な人の意見を聴くことが一番大事。そこには、課題を解決するヒントが必ずある」と言う。
 子ども2人はすでに独立し、馬場で妻と2人暮らし。趣味は、ジムで汗を流すこと。

2018年4月 3日 (火)

感謝の心忘れず成長を

別府市議会副議長
森 大輔(もり・だいすけ)さん(34)

 3月の定例別府市議会で全会一致で副議長に選ばれた。昭和58年10月別府生まれの34歳。別府市議会では最年少の副議長となる。

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 「家族に政治家はいなかったのですが、高校生の時から政治の世界に関心はありました」と話す。大学進学に迷っていた時に、英国の議会制民主主義が日本の政治システムのモデルになっていること知り、本場で勉強がしたいと1年間語学力を磨き、英国国立ロンドン大学政治学部に入学。
 大学に特別講師として来たマーガレット・サッチャー元首相の講演を聴き「政治とは過去から学び、現在を知り、将来に備えること」という言葉に感銘を受け、「これを自分の心に留め、政治を通して社会に貢献したいと思った」と話す。
 これまで「別府を世界に」と訴えてきたが、外国人観光客が観光客総数の5%しかない現状に「もっと増やしていくことにさらに取り組みたい」とした。また、「温泉資源の保護と利活用のあり方、障害福祉の街づくりにも力を入れていきたい。若い世代の代弁者として、成長していきたいとも思っています。投票権が18歳からになり、昨年10月の衆議院選挙の投票率を見ると、18歳は50・15%と比較的高い一方で、20代、30代の投票率が低く、若い世代にも政治に関心を持ってもらえるような魅力ある政治を行わなければいけない。政治に参加することが面白いと思えるものにしたい」と意気込みを見せる。
 副議長として黒木議長を支える役割となるが「議員としても人生においても大先輩ですので、サポートするというより、勉強させていただくつもりでやりたい。私に足りないのは、経験だと思うので、そういった機会を与えていただいたことに感謝して務めてまいりたい」。
 「ゼロからスタートした自分をここまで押し上げていただた市民の方、地域の方、そしてすべての皆様の力が大きい。母親と街頭に立ってあいさつをすることから始めた政治活動。多くの方に時に優しく、時に厳しくご指導いただいた。期待に応えていくため、感謝の心を忘れずに頑張っていきたい」と決意を語った。
 生まれも育ちも別府市。明豊高校からロンドン大学へ進学し、卒業。体を動かすのが好きで、剣道などをやっていたが、現在の趣味は水泳。堀田在住、独身。

2018年4月 2日 (月)

現場での安全確保を

別府市消防団長に就任
藤内 英伸(とうない・ひでのぶ)さん(69)

 第11代別府市消防団長に藤内英伸さん(69)が1日、就任した。

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 「団員は、本業が終わってから団活動をしている。現場では、連携してけががないようにしなければならない。ヘルメット、防火衣の着用を徹底し、安全第一で行うよう今まで以上に指導する」と第一声。
 市消防団第3分団に昭和49年10月1日入団。平成10年4月1日、団本部分団長を拝命。20年12月1日に副団長に任命された。43年間に9人の歴代団長、団本部副団長拝命後は3人の団長に仕え、30年4月1日、第11代団長に就任した。
 第3分団時代、受け持ちの南校区の火事に出動。団本部では、火事の一報があれば火消し法被をまとって市内のどこへでも駆けつける。これまでの出動回数は、500回以上のベテラン。
 多くの現場で活動しており、第3分団に所属しているとき、団員の家が被災した。団員は自分の家が燃える中、別の家の消火活動を行った。
 「あのときは、ジレンマがあり、とても悔しかった」と当時の気持ちを振り返った。
 どんな職業でも必要だが、チームワークが大事。現場では安全確保を第一にしており、そのためにも春季・夏季の訓練が重要になってくる。
 「市消防団は階級社会で、統制がとれている。上が下に、下は上に質問できる環境作りが大切」と述べた。
 また、災害時には1人でも多くの力が必要とされるため、広報したり、各分団長が消防団員募集推進委員を務めており、団員の募集もしている。「団に興味のある人などは、門を叩いてほしい」と語る。
 市民に対して「住宅用火災警報器を設置したり、地域で行われている訓練に参加するなど、防火意識の向上をお願いする」と話した。
 昭和23年6月2日生まれ、別府市生まれで、現在、元町在住の69歳。若いときは、がむしゃらに頑張り、いろんな知識や技術を自分のものにするよう努力してきた。

2017年10月11日 (水)

現場第一主義を貫く

別府市議会議長 
黒木 愛一郎(くろき・あいいちろう)さん(65)

 9月の定例別府市議会で議長に選出された。現在5期目。

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 別府市生まれの別府市育ちで「こんな最高な町はないと思う。別府をよくしたいと議員になり、これまで別府のためにと頑張ってきた。議員はみんなそうだと思う。その気持ちを忘れず、議会運営をしていきたい。『愛言葉』は全力投球です」と語る。
 これまで「現場第一主義」を貫いてきた。東日本大震災の時は4回にわたり岩手県大槌町で、5年前の豪雨では日田市で災害ボランティアを会派で行った。昨年の熊本地震では、旧西小学校に開設された避難所で住民と共に避難所運営をした経験も。
 「何か出来ることをしたい、という思いから災害ボランティアをして、活動の中で防災について考えるようになった。困った人を助けるのは当たり前。しかし、わがままはダメだと思う」と話す。旧西小では最後は避難者が自主的に掃除をするなどしてまとまりのある避難所となった。
 5人兄弟の4番目で「父親がまとめ役で、兄弟仲良くと教えられてきた。毎日『福澤心訓』を読んでいるのを聞いて育ち、中でも『世の中で一番尊い事は、人の為に奉仕して決して恩にきせない事です』や『世の中で一番悲しい事は、うそをつく事です』というのは、自分の中で大切にしていること」と話す。
 体育の先生になろうと福岡大学体育学部体育学科を卒業したが、家業のお茶屋を手伝ってほしいと兄に言われ、いつかは戻って手伝いたいとの思いもあり、家業を手伝うことに。40歳の時に南高架商店街の会長になり、お客を呼びこむために名称を「べっぷ駅市場」にするなど活動。
 会長4期目に周囲から市議に出てはどうかと言われたが「自分は才能もないし、口下手。あるのは、ハートだけ」と断るも「それが大事だ」と言われ、立候補。平成11年に初当選を果たした。
 平成12年には総務文教委員長、19年に副議長を務めた。長野恭紘市長が市議時代には2人で会派を組んでいたことも。「当時最年少だったが、すごい人だなと思った。行政と議会は車の両輪。もちろん、是々非々でやっていく。認めるところは素直に認めるべきだし、筋が通らないことは意見を言っていきたい」としている。
 西小、山の手中、別府鶴見丘、福岡大学卒。学生時代は野球をしていたが、スポーツ全般が好き。8年前から毎年100㌔ウォークに参加。今年もエントリーしていたものの、公務のため出場が叶わず。家族は妻と1男、2女で、子どもたちは独立し、現在は光町で夫婦水入らずの生活。

2017年10月 2日 (月)

地域との絆で創立60周年

陸上自衛隊第41普通科連隊長
山田 憲和(やまだ・のりかず)さん(46)

 8月21日付で着任。別府での勤務は初めてで「人も土地も食も温泉も良い。気候も良いし、最高だと思います」と印象を語る。

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 隊員についても「よくやってくれているので、勤務のしがいがある。隊員には、当たり前の事を当たり前にやれと要望しています。平時においては、互いに切磋琢磨してとことんしっかり訓練をし、家族も大事にして地域との信頼関係をつくることも大切。有事においては、まさに『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、国民の負託に応える』という入隊時の宣誓の通り。規律の維持も大事」と話す。
 近年では、災害時の出動も多く、日頃からの地域との連携は重要となる。「任務完遂のためには、地域の理解と協力が必要不可欠。歴代連隊長や諸先輩同様に、引き続き、信頼を得られるように頑張っていきたい。日頃からの積み重ねが、いざという時に迅速な対応につながる」とする。
 別府駐屯地は今年、創立60周年の節目を迎える。「感謝の一言です。諸先輩の努力もそうですが、地域の人が色々としていただき、関係を築きあげてこれてことに感謝しています。自衛隊は人。人を大事にすることは、単に優しくすることだけではなく、厳しくも優しくしっかりと人を大事にすることだと思う」と語る。
 昭和46年第38期防衛大学校卒業。一旦は一般段大学に入学したものの、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んで、一念発起して防衛大学校に入った。学生時代はハンドボールをやっていて、「体を動かすのは好きで、自分に向いていると思った」と言う。陸上幕僚監部人事部人事計画課、国際活動教育隊、陸上幕僚監部、運用支援・情報運用支援課、外務事務官(レバノン、シリア、ヨルダン)、幹部学校教官統合幕僚監部総務部総務課渉外班長などを歴任した。
 東チモールへのPKO活動派遣経験もあり「国内だけを見ると、日本は何て平和な国なんだろうと感じた。この平和を守ることが使命だと痛感した」と振り返る。
 仕事をする上で大切にしていることは、五省。海軍兵学校の校長で松下元少将が考案したもの。十分に努力したか、最後まで十分に努力したかなど5つの反省について書いてありもので「常に振り返るようにしている」と話す。
 家族は妻と娘1人で、現在は官舎で単身赴任。大分県の史跡をめぐったりして楽しんでいる。青森県出身、46歳。

2017年8月 1日 (火)

女性リーダー達の国際奉仕団体

国際ソロプチミスト別府第30代会長

草本 貴美子(くさもと・きみこ)さん(79)

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 「国際ソロプチミスト別府は今年で30周年。今後も別府の特徴を生かし、諸活動を絶えることなく続けていきたい」。――――
 ソロプチミストは実業界や専門職に従事する女性の、世界的なボランティア奉仕団体。国際親善と理解活動などを通じて、女性の地位向上、人権の擁護やその回復などを求めて、社会への理解促進と提唱活動を行っている。
 大正10年10月3日に米国カリフォルニア州オークランドに、最初のソロプチミストクラブが設立されたのが始まり。昭和35年に東京で日本初のクラブが認証された。日本は国際ソロプチミストアメリカ連盟に所属し、現在は5リジョン497クラブ、1万1214人の会員が在籍。別府クラブは九州・沖縄8県からなる日本南リジョン(93クラブ)に所属、昭和62年10月18日に39番目のクラブとして認証された。現在の会員数は24人。
 別府ではアルゲリッチ音楽祭への支援や各種募金、大分いのちの電話、チャリティコンサート、バザーなどの活動を展開。収益金を地域社会や世界への奉仕事業支援に役立てている。
 地域での奉仕活動は、支援を必要とする女性と女児のための「夢を生きる賞(女性のための教育・訓練賞)」、地域に顕著な貢献をした女性へ贈る「クラブ賞(女性栄誉賞)」などの受賞者を表彰するほか、DVキャンペーン、コーラス教室開催、高校生による討論会など幅広い。「表彰は毎年、候補者を探すのが大変なんです。対象となる素晴らしい方を推薦していただけると助かります」と、情報提供を求めている。
 今年で創立30周年の節目を向かえるにあたり、来年1月に記念式典やチャリティコンサートを企画。「とにかくメンバーの増員、これに限る。例会や卓話などのイベントを開催することで会員が楽しめる組織にしていきたい。ボランティア精神にのっとってコツコツと活動し、女性、女児の役に立っていきたい」と今後の意気込みを語った。
 昭和13年、食料品の卸問屋「草本商店」(現・若草町)の一人娘として生まれた。別府市出身の79歳。同34年3月、東京女子大学短期大学部国語科卒業。国際ソロプチミスト大分の広報委員長として別府クラブの創立に関わり、平成29年に別府クラブ第30代会長に就任。
 家族は夫と1男3女で、現在は夫の修三さんと2人で暮らしている。趣味はバドミントンで、別府市バドミントン協会レディース連盟の会長も務める。短歌もたしなみ、神奈川県横浜市の「青天短歌会」に所属している。以前は能を舞うこともあったと、多芸な一面をのぞかせた。

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