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2018年4月17日 (火)

常に変化し前進を

別府市教育委員会教育参事
稲尾 隆(いなお・たかし)さん(57)

 初めての教育委員会での勤務だが、これまで財産活用課や公民連携課などでの関わりも多い。

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 平成33年度に浜脇中学校と山の手中学校の統合を控えている他、市立図書館と市美術館の一体整備、子どもの学力向上などハード、ソフト両面で課題がある。
 「教員の働き方改革の話もあるが、教員の働きやすい環境は子どもの教育に集中できる環境とイコールだと思う。学校ごとに特色があると思うので、現場とのコミュニケーションをしっかりと取りながらやっていきたい。これまで、中間的な立場で調整する役割が多かったので、経験を生かせると思う」。
 「地域や保護者など関わる人の数が多い。正しい情報を集めて、冷静に判断する。最後には決断力が大事だと思っている」と話す。
 財産活用課長の時には、財産活用推進会議を作り、市有財産の有効活用について道筋をつけ、公共施設マネジメントの取り組みもこの頃に始めた。その後、公民連携室から課になって再び、公共施設マネジメントに携わることに。
 政策推進課長の際にはスクラップ・アンド・ビルドの視点から、補助金の見直しなどに取り組んだ。「財政が厳しいのはベースとして常にあり、行革の取り組みをしながら新規事業にお金をかけていかなければいけなかった」と振り返る。それも、その後の公民連携への取り組みにつながっていく。
 「公民連携は、行政と民間をつなぐのではなく、民間と民間をつなぐのが究極の目的。少しずつ動き出している」と語る。
 昭和60年4月に別府市採用。「自治体の経営というのが話題になっている時期で、自分もそういった事に興味があった」と言う。平成22年に財産活用課長、23年に政策推進課長、27年に保険年金課長、28年に公民連携室長、29年に公民連携課長を歴任。
 「やってみないと正しいかどうかは分からない。現状維持は後退と同じ。常に変化をしていかないといけないと思っている」と言う。趣味は、写真。「30代の頃、秘書広報課にいって初めて一眼レフを手にして、興味を持った。7年程前からまた再開した」と言う。青山町在住。

2018年4月16日 (月)

コミュニケーション大事に

別府市議会事務局長
挾間 章(はざま・あきら)さん(59)

 議会事務局次長から局長に昇任。議会事務局は他の部署と違い、市議が議員活動を円滑に行えるようにする。

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 「次長の経験があるとはいえ、局長は立場が違うので」と話す。
 平成23年に発生した東日本大震災や平成28年に発生した熊本地震の体験を踏まえて「別府市議会として、災害時にどのような行動をすべきなのかをあらかじめ定めることにより、議会機能の維持及び優先事項への対応が取れるようBSP(事業継続計画)を議長を中心に各会派に協議していただき、策定しなければならないと考えています」。
 昭和58年6月に別府市に採用された。「生まれ育った別府市で行政的なもので貢献がしたかった」と語る。平成24年に商工課長、28年に議会事務局次長兼議事総務課長を歴任。過去には、姉妹都市の韓国木浦市に1年間派遣された経験も。「姉妹都市への派遣は、当時の中村市長が行っていた事業で、木浦市へは私で3人目、最後の派遣でした。韓国に行ったこともなかったし、言葉も分からなかったので、迷いましたが、なかなか出来ない経験と思い行った。色々とカルチャーショックがあった」と振り返る。
 また、観光課では「BEPPUドリームバル」の第1回開催に携わり「みんなで必ず成功させようと頑張った思い出がある。夜中まで仕事して夜の別府公園に旗を立てに行ったり、大変だったが、やり甲斐があった」
 「立命館アジア太平洋大学(APU)の開学準備室の時は、留学生に使用しなくなった家電を提供するため、奔走したことを思い出す」。
 「建築住宅課にいた頃は、市営住宅の苦情対応に当たり、コミュニケーションをとってよく話しを聴くことが大切だと感じた。議会事務局でも事務局がバラバラにならないように職員間のコミュニケーションを大切にしたい」と話す。
 現在は母親、妻、1人息子にトイプードルの4人と1匹住まい。犬が好きで、以前は父親が秋田犬を飼っており、多い時で4匹いたとか。趣味はゴルフ。久留米大学商学部卒業、南立石2区在住。

2018年4月14日 (土)

地域の支え合い大切に

別府市保健福祉部長
中西 康太(なかにし・やすたか)さん(57)

 福祉政策、子育て支援、生活保護、民生委員児童委員、健康づくり、高齢者対策等、市民生活に大きく関わる幅広い範囲を受け持つ。

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 「防災の時もそうだったが、地域で顔の見える関係づくりを進めることが大切だと思う。キーワードは『地域の支え合い』。自助、互助、共助をどう作るか。各課が同じ方向に向かって、横の連携をとることが重要」と話す。
 生活保護の課題についても「社会福祉課長の時に、パチンコ店への立ち入り調査の件で問題となったが、生きている意義などを感じてもらい、社会的な自立を助長することが大切。1人ひとりのケースをちゃんと見ていかないといけないが、支給事務に追われているのが現状」と語る。
 地域福祉計画を策定し、そのアクションプランとなる「第2次別府市地域福祉活動計画」に取り組むとともに、しっかりとした財政基盤と活動強化の計画を策定した社会福祉協議会については「車の両輪であり、地域コミュニティの活性化を進める中で、一緒にやっていきたい」とした。
 「大切なのは、人材育成。容易に答えを見つけるのではなく、どうしたらうまくいくかを自分や回りの仲間と共に考えるその課程を大切にしてほしい」とする。
 別府生まれの別府育ち。別府鶴見丘高校から大阪商業大学経済学部卒。大学を卒業して2年間は民間のサービス業に勤めていたが、サービス業の究極は市民サービスであり、公務員ではないかと考え、昭和60年に別府市に採用された。
 平成24年に高齢者福祉課長、27年に社会福祉課長、29年に防災危機管理課長を歴任した。課長級になってからは福祉部門が多いが、それ以前は教育委員会に12年いた。「アルマイトの食器を強化磁器にした際には、コストがかかるが割れる食器を使うことで、子どもたちが物を大切にするようになると考えた。せっかく小学校ごとに調理場があるのだから、温かい給食を温かみのある物で食べることが、食育にもつながると思った」と振り返る。
 趣味は魚釣りとドライブ。田の湯で妻と猫の2人と1匹暮らし。

2018年4月13日 (金)

優先順位つけ課題解決

別府市生活環境部長
江上 克美(えがみ・かつみ)さん(59)

 生活環境部は、市民課、環境課、人権同和教育啓発課、保険年金課と市民に直接関係のある部署が多い。

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 「環境保全、衛生関係、戸籍などや出張所、国民健康保険に国民年金など市民に直接影響のある部署だと思う。それぞれに様々な課題があり、優先順位をつけて課題解決に取り組んでいきたい」とする。
 環境関係では、地熱発電における温泉資源の保全と利活用のバランスにおいて、「別府市温泉発電等の地域共生を図る条例」の制度強化を図るため、条例の一部改正を行う予定で、掘削の許可権限を持つ大分県に対しても地域規制について、見直しを求めている。
 「別府市にとって温泉は一番大事。保護することを考えながら、地熱発電についても考えていきたい」と話した。
 市民課関係では、亀川出張所の仮移転に伴う課題がある。「議会でも指摘があったが、出張所の仮移転については、地域に丁寧に周知をしていきたい」とした。一方で、市役所グランドフロア中央に設置した「コンシェルジュカウンター」が好評。「一度説明を受けて各窓口に行くため、各種書類の発行がスムーズに出来るようになった。今後も利用者目線で分かりやすい対応を心がけていきたい」。
 生まれも育ちも別府市で、別府鶴見丘高校から駒澤大学経済学部を卒業。「市民のために役立つ仕事がしたい」と昭和59年に別府市入り。平成22年に政策推進課付参事(広域圏事務組合派遣)、26年に児童家庭課長、27年に人権同和教育啓発課長、29年に福祉政策課長を歴任した。
 平成14年に下水道課在籍中は、使用料値上げに携わった。「累積赤字があり、更新事業も計画的に進めるためには、利用者には申し訳なかったが、値上げをした。技術職も事務職も一緒になって取り組んだ。児童家庭課の時には、子ども子育て支援事業計画を策定し、待機児童解消に取り組んだ」と振り返る。
 「職員とコミュニケーションをとることで、健康管理とストレスなく仕事が出来る環境づくりをしたい」と話す。
 趣味は道の駅やお城、城跡巡り。3人の子どもはすでに独立し、東荘園で妻と2人暮し。

2018年4月12日 (木)

技術職から産業部門へ

別府市経済産業部長

白石 修三(しらいし・しゅうぞう)さん(54)

 土木の技術職として市役所入り。ずっと「技術屋」としてやってきた。経済産業部は、創業・企業支援や企業誘致、竹関連をはじめ、農林水産業、競輪事業と産業における幅広い分野を受け持つ。

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 「どの課も実務経験がないので、勉強中です」と話す。
 大分県の伝統工芸である竹細工は、伝統産業会館のリニューアルも終わり、今後、ニューヨーク支店開設を控えている。競輪事業では、ナイター施設の整備等が終わり、ナイター、ミッドナイト競輪などが行われさらなる収益アップを図る。また、平成31年にはG1レースの開催も決まっている。
 「大きなイベントが終わった後をどうするかが大切だと思う。継続的に維持できるフォローが出来るようにしていきたい」と言う。
 別府市出身だが、親の転勤で各地を回った。大阪工業大学工学部卒。平成5年に別府市に採用された。この年、社会人経験者の採用が初めて行われ、そのうちの1人。大学を出てから、大阪で建設コンサルタントで働き、行政と一緒に仕事をする機会も多く「計画・立案に携わる仕事は行政でしかできない」と考えた。
 JR別府駅前広場やJR亀川駅の自由通路等の事業に携わった。「社会人時代にJRとの仕事も経験していたので、それが役に立った。いつも最後まで事業に携わることは出来なかったが、立ち上げは大変なので、やり甲斐があった」と振り返る。
 平成28年に温泉課長を2年間務め、部長級に。「温泉課では、まだまだやりたいことがあった。事務の見直しや温泉の利活用などを進めていた矢先。別府海浜砂湯の整備もこれからという時期だった」と語る。
 趣味は広範にわたり「その時により、マイブームがあって、こだわるととことんこだわってしまう」と言う。一番長くやったのはスキーだが、現在のマイブームはない。「自分の目で見ないと気がすまない」という現場第一主義。「原理原則は守らないといけない。筋道がたたないことは気持ち悪い」と力説する。大畑で妻とミニチュアシュナウザーと暮している。

2018年4月11日 (水)

行革に全庁体制で取組む

別府市企画部長別府市企画部長
本田 明彦(ほんだ・あきひこ)さん(59)

 財政と政策部門が18年8カ月と長く、行革推進計画の策定には29年度策定した第4次を含め、1次、3次と3回も関わっている。

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 「定員適正化や給与見直し、市民サービスの向上など、やるべきベーシックな部分はいつの時代も変わらない。行革の取り組みは時代の要請に従って、量的な改革から質的な改革に変わってきていると感じている。社会の多様化が進んでおり、政策1つとってもダイバーシティを重視した対応が必要」と話す。
 「事業の計画と予算のバランスを見ながら、行政として絶対にやらなければならない子育て、教育、福祉、インフラの整備など市民が幸せを実感できる部分をしっかりやった上で、総合計画の後期基本計画や総合戦略を推進していかなければならない。計画の推進は持続可能な財政運営があってこそで、そのためには、行革は必要。そこに向かって、全庁体制で取り組めるような体制づくりも企画部の重要な役割だと思う」と語る。
 杵築高校から福岡大学法学部を卒業。昭和58年に別府市に採用された。出身は日出町だが「観光都市の別府で仕事がしたい」と市職員に。平成21年に政策推進課参事、23年に生涯学習課長、27年に政策推進課長、29年に総合政策課長を歴任。
 「生涯学習課長の時に、公会堂の復元に携わることが出来たのが一番の思い出。昭和の初め、公会堂は別府市のランドマークだった。それを自分が課長の時にやれたのは幸せだった。また、多くの外部の団体の人たちとも知り合え、色々な事を教えてもらえた。机の上では良いと思っていても、実際は違うことがある。皆さんの声を聴きながら、リニューアルすることができ、公会堂もきっと喜んでくれていると思う」と振り返る。
 常に現場第一主義。政策推進及び総合政策課長時代には、東山の移動手段を確保するための事業に取り組み、何度も東山地区に足を運び、住民の意見を聴いてきた。「管理部門にありながら、事業にも携わる経験が出来た。色々な人の意見を聴くことが一番大事。そこには、課題を解決するヒントが必ずある」と言う。
 子ども2人はすでに独立し、馬場で妻と2人暮らし。趣味は、ジムで汗を流すこと。

2018年4月 3日 (火)

感謝の心忘れず成長を

別府市議会副議長
森 大輔(もり・だいすけ)さん(34)

 3月の定例別府市議会で全会一致で副議長に選ばれた。昭和58年10月別府生まれの34歳。別府市議会では最年少の副議長となる。

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 「家族に政治家はいなかったのですが、高校生の時から政治の世界に関心はありました」と話す。大学進学に迷っていた時に、英国の議会制民主主義が日本の政治システムのモデルになっていること知り、本場で勉強がしたいと1年間語学力を磨き、英国国立ロンドン大学政治学部に入学。
 大学に特別講師として来たマーガレット・サッチャー元首相の講演を聴き「政治とは過去から学び、現在を知り、将来に備えること」という言葉に感銘を受け、「これを自分の心に留め、政治を通して社会に貢献したいと思った」と話す。
 これまで「別府を世界に」と訴えてきたが、外国人観光客が観光客総数の5%しかない現状に「もっと増やしていくことにさらに取り組みたい」とした。また、「温泉資源の保護と利活用のあり方、障害福祉の街づくりにも力を入れていきたい。若い世代の代弁者として、成長していきたいとも思っています。投票権が18歳からになり、昨年10月の衆議院選挙の投票率を見ると、18歳は50・15%と比較的高い一方で、20代、30代の投票率が低く、若い世代にも政治に関心を持ってもらえるような魅力ある政治を行わなければいけない。政治に参加することが面白いと思えるものにしたい」と意気込みを見せる。
 副議長として黒木議長を支える役割となるが「議員としても人生においても大先輩ですので、サポートするというより、勉強させていただくつもりでやりたい。私に足りないのは、経験だと思うので、そういった機会を与えていただいたことに感謝して務めてまいりたい」。
 「ゼロからスタートした自分をここまで押し上げていただた市民の方、地域の方、そしてすべての皆様の力が大きい。母親と街頭に立ってあいさつをすることから始めた政治活動。多くの方に時に優しく、時に厳しくご指導いただいた。期待に応えていくため、感謝の心を忘れずに頑張っていきたい」と決意を語った。
 生まれも育ちも別府市。明豊高校からロンドン大学へ進学し、卒業。体を動かすのが好きで、剣道などをやっていたが、現在の趣味は水泳。堀田在住、独身。

2018年4月 2日 (月)

現場での安全確保を

別府市消防団長に就任
藤内 英伸(とうない・ひでのぶ)さん(69)

 第11代別府市消防団長に藤内英伸さん(69)が1日、就任した。

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 「団員は、本業が終わってから団活動をしている。現場では、連携してけががないようにしなければならない。ヘルメット、防火衣の着用を徹底し、安全第一で行うよう今まで以上に指導する」と第一声。
 市消防団第3分団に昭和49年10月1日入団。平成10年4月1日、団本部分団長を拝命。20年12月1日に副団長に任命された。43年間に9人の歴代団長、団本部副団長拝命後は3人の団長に仕え、30年4月1日、第11代団長に就任した。
 第3分団時代、受け持ちの南校区の火事に出動。団本部では、火事の一報があれば火消し法被をまとって市内のどこへでも駆けつける。これまでの出動回数は、500回以上のベテラン。
 多くの現場で活動しており、第3分団に所属しているとき、団員の家が被災した。団員は自分の家が燃える中、別の家の消火活動を行った。
 「あのときは、ジレンマがあり、とても悔しかった」と当時の気持ちを振り返った。
 どんな職業でも必要だが、チームワークが大事。現場では安全確保を第一にしており、そのためにも春季・夏季の訓練が重要になってくる。
 「市消防団は階級社会で、統制がとれている。上が下に、下は上に質問できる環境作りが大切」と述べた。
 また、災害時には1人でも多くの力が必要とされるため、広報したり、各分団長が消防団員募集推進委員を務めており、団員の募集もしている。「団に興味のある人などは、門を叩いてほしい」と語る。
 市民に対して「住宅用火災警報器を設置したり、地域で行われている訓練に参加するなど、防火意識の向上をお願いする」と話した。
 昭和23年6月2日生まれ、別府市生まれで、現在、元町在住の69歳。若いときは、がむしゃらに頑張り、いろんな知識や技術を自分のものにするよう努力してきた。

2017年10月11日 (水)

現場第一主義を貫く

別府市議会議長 
黒木 愛一郎(くろき・あいいちろう)さん(65)

 9月の定例別府市議会で議長に選出された。現在5期目。

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 別府市生まれの別府市育ちで「こんな最高な町はないと思う。別府をよくしたいと議員になり、これまで別府のためにと頑張ってきた。議員はみんなそうだと思う。その気持ちを忘れず、議会運営をしていきたい。『愛言葉』は全力投球です」と語る。
 これまで「現場第一主義」を貫いてきた。東日本大震災の時は4回にわたり岩手県大槌町で、5年前の豪雨では日田市で災害ボランティアを会派で行った。昨年の熊本地震では、旧西小学校に開設された避難所で住民と共に避難所運営をした経験も。
 「何か出来ることをしたい、という思いから災害ボランティアをして、活動の中で防災について考えるようになった。困った人を助けるのは当たり前。しかし、わがままはダメだと思う」と話す。旧西小では最後は避難者が自主的に掃除をするなどしてまとまりのある避難所となった。
 5人兄弟の4番目で「父親がまとめ役で、兄弟仲良くと教えられてきた。毎日『福澤心訓』を読んでいるのを聞いて育ち、中でも『世の中で一番尊い事は、人の為に奉仕して決して恩にきせない事です』や『世の中で一番悲しい事は、うそをつく事です』というのは、自分の中で大切にしていること」と話す。
 体育の先生になろうと福岡大学体育学部体育学科を卒業したが、家業のお茶屋を手伝ってほしいと兄に言われ、いつかは戻って手伝いたいとの思いもあり、家業を手伝うことに。40歳の時に南高架商店街の会長になり、お客を呼びこむために名称を「べっぷ駅市場」にするなど活動。
 会長4期目に周囲から市議に出てはどうかと言われたが「自分は才能もないし、口下手。あるのは、ハートだけ」と断るも「それが大事だ」と言われ、立候補。平成11年に初当選を果たした。
 平成12年には総務文教委員長、19年に副議長を務めた。長野恭紘市長が市議時代には2人で会派を組んでいたことも。「当時最年少だったが、すごい人だなと思った。行政と議会は車の両輪。もちろん、是々非々でやっていく。認めるところは素直に認めるべきだし、筋が通らないことは意見を言っていきたい」としている。
 西小、山の手中、別府鶴見丘、福岡大学卒。学生時代は野球をしていたが、スポーツ全般が好き。8年前から毎年100㌔ウォークに参加。今年もエントリーしていたものの、公務のため出場が叶わず。家族は妻と1男、2女で、子どもたちは独立し、現在は光町で夫婦水入らずの生活。

2017年10月 2日 (月)

地域との絆で創立60周年

陸上自衛隊第41普通科連隊長
山田 憲和(やまだ・のりかず)さん(46)

 8月21日付で着任。別府での勤務は初めてで「人も土地も食も温泉も良い。気候も良いし、最高だと思います」と印象を語る。

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 隊員についても「よくやってくれているので、勤務のしがいがある。隊員には、当たり前の事を当たり前にやれと要望しています。平時においては、互いに切磋琢磨してとことんしっかり訓練をし、家族も大事にして地域との信頼関係をつくることも大切。有事においては、まさに『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、国民の負託に応える』という入隊時の宣誓の通り。規律の維持も大事」と話す。
 近年では、災害時の出動も多く、日頃からの地域との連携は重要となる。「任務完遂のためには、地域の理解と協力が必要不可欠。歴代連隊長や諸先輩同様に、引き続き、信頼を得られるように頑張っていきたい。日頃からの積み重ねが、いざという時に迅速な対応につながる」とする。
 別府駐屯地は今年、創立60周年の節目を迎える。「感謝の一言です。諸先輩の努力もそうですが、地域の人が色々としていただき、関係を築きあげてこれてことに感謝しています。自衛隊は人。人を大事にすることは、単に優しくすることだけではなく、厳しくも優しくしっかりと人を大事にすることだと思う」と語る。
 昭和46年第38期防衛大学校卒業。一旦は一般段大学に入学したものの、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んで、一念発起して防衛大学校に入った。学生時代はハンドボールをやっていて、「体を動かすのは好きで、自分に向いていると思った」と言う。陸上幕僚監部人事部人事計画課、国際活動教育隊、陸上幕僚監部、運用支援・情報運用支援課、外務事務官(レバノン、シリア、ヨルダン)、幹部学校教官統合幕僚監部総務部総務課渉外班長などを歴任した。
 東チモールへのPKO活動派遣経験もあり「国内だけを見ると、日本は何て平和な国なんだろうと感じた。この平和を守ることが使命だと痛感した」と振り返る。
 仕事をする上で大切にしていることは、五省。海軍兵学校の校長で松下元少将が考案したもの。十分に努力したか、最後まで十分に努力したかなど5つの反省について書いてありもので「常に振り返るようにしている」と話す。
 家族は妻と娘1人で、現在は官舎で単身赴任。大分県の史跡をめぐったりして楽しんでいる。青森県出身、46歳。

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