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2016年12月22日 (木)

いいたい砲台

国土は「命」
 北方「領土」の返還は暗礁に乗り上げた感がある。安倍首相は戦後70年の総決算としてオバマ大統領の広島訪問。元従軍慰安婦の賠償問題を解決する女性募金の設立。首相自身、ハワイの真珠湾を訪問して戦没者を慰霊。―――70年の総決算の一つが、北方四島の返還。しかし相手が悪かった。米韓は同盟意識があるから比較的、口では異を唱えても納まり所はある。
 ロシアは別だ。旧ソ連の時代、昭和16年(1941年)締結の「日ソ中立(不可侵)条約」を一歩的に破棄、昭和20年(1945年)の8月9日に日本に対し宣戦布告。南樺太、千島列島および満州国。朝鮮半島北部に侵攻した。「日ソ中立(不可侵)条約」とは、昭和14年(1939年)5月に発生、4カ月間にわたる「ノモハン事件」における国境紛争の反省から、両国不可侵をうたったもの。ロシアの日本侵攻はヤルタ会談において急遽参戦を表明したソ連と連合国首脳との密約によって、日本に対する戦宣を決めたもの。北方4島の占有権は終戦直後の極東軍事裁判で確定した。
 プーチン大統領は山口県での日露首脳会談で「日露間に領土問題は存在しない。北方4島はロシアの領土」と主張する談話を発表。返還に向け期待感の入った関係者は冷水を浴びせられた。それでも安倍首相は相互の経済協力を基軸として長い時間をかけて相手方(ロシア)の譲歩を狙うという。
 不可能に近い。相手はロシアだ。4島返還のタイミングは過去に何度となくあったハズ。
 まず、戦勝国が一方的に敗戦国を裁いた、極東軍事裁判の無効を求める提訴(なぜしなかったのか)。米国が占領した沖縄を返還した時。ソ連邦の崩壊時。日ソから日露に変わった瞬間。北方領土占有権者がソ連からロシアに変わった時。社会主義体制が崩れたゴルバチョフ時代。―――すべてのタイミングを逸して、はるか70年前の時代に戻せとは「虫が良すぎるぞ日本!」となる。当然だ。
 「領土は我が国の若者達が血を流して手に入れたもの。獲得したもの」と主張するロシア。金の問題ではない。国民の「命」なのだ。そこが理解できなければ、この問題を解決することはできないのでは。
     (陽)



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