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2017年4月26日 (水)

「赤銅御殿」の復元調査が終了

別府市は、別府アリーナ南側にあった「赤銅御殿」について文献などから復元調査を終え、25日の定例会見の中で概要について説明し、復元時の平面図や立面図、建物と庭園のパースを公開した。

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 「赤銅御殿」は、大正5年に筑豊の炭鉱王といわれた伊藤伝右衛門によって建造された。敷地面積は1万700平方㍍で、地形の高低差を巧みに利用した庭園と建物だった。
 建物は主屋、蔵、茶室、台所棟、温泉浴室棟で構成され、2階には伝右衛門の妻で歌人だった柳原白蓮のために作った「白蓮の間」があり、6畳と4畳半の座敷。部屋の各所には竹が用いられ、茶室に見られるような数寄屋風の室内になっている。部屋からは、別府湾や高崎山を眺められる素晴らしい眺望だった。
 屋根を銅板葺きにしていたことから「赤銅御殿」と呼ばれるようになったと思われていたが、今回の調査で屋根は瓦葺きで銅板ではないことが分った。このことから、「赤銅御殿」の名称は、豪華な御殿であることの1つの慣用的な呼称であったのではないかと推測される。
 建物は昭和17年に海軍省に寄付され、戦後は占領軍の宿舎として使われ、29年にはホテル赤銅御殿として開業。54年に解体された。
 報告資料は市立図書館で見ることが出来る。建物などの復元は未定だが、今後は報告書をもとに調査研究を引き続き行うとしている。

 

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