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2017年6月12日 (月)

檀上榮会長死去

檀上榮=だんじょう・さかえ=氏(今日新聞社会長)は6月10日午後7時5分、92歳の天寿を全うした。檀上会長は大正13年11月、北朝鮮の平壌生まれ。

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 昭和18年、現地応召して旧帝国陸軍平壌第46部隊に入隊、大邱第219師団司令部通信部隊で終戦。20年12月、母と弟2人を伴って引き揚げ。佐賀、大分両県の地方新聞記者をして活動。昭和29年11月、別府市で今日新聞を立ち上げた。
 「今日新聞」の紙名は昭和3年から12年まで、岩屋毅衆議院議員の祖父故護氏が、大分市内で刊行を続けていたが、戦時下の言論統制、1県1紙の方針を受けて廃刊。檀上会長が故岩屋氏との親交のなかで、引き受けた。
 引き揚げ直後、佐賀新聞記者として活動する中、「朝鮮戦争」前夜のただならぬ動きを察知するや、漁船を借り受け、船舶無線を駆使して、その勃発を送電。「玄界灘の波高し」の見出しで世紀のスクープとした。
 別府市での「今日」発刊当時は同業地方紙が多数存在。タブロイド2頁で、旧市庁舎近くの印刷工場の片隅を借りてスタート。現在地の野口元町に社屋を移築後は社是「愛郷一貫」を掲げ、米国製のオフセットカラー輪転機、紙面のコンピューター制作システムを次々と導入。当時としては最新鋭の「今日方式」を打ち立てた。平成26年には創刊60周年記念祝賀式典、先月23日には紙齢2万号を見送っての旅立ちとなった。
 社では厳格な人柄ながら情けに脆い一面もあり、率先して人材教育を実践。また別府中央ライオンズクラブは在籍45年を越し、社会奉仕を基調とした交誼を得、趣味の「別府ハヤ釣り研究会」の創設立会員として、アウトドアライフを満喫していた。
 通夜は12日(月)午後7時から、葬儀は今日新聞と檀上家との合同葬として、13日(火)正午、いづれもプリエール天寿の杜で執り行われる。喪主は当社社長で長男の陽一(よういち)氏。

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