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2017年6月28日 (水)

教育者としての矜持

 「森友」、「加計」―――記憶が薄れていく前に記しておこう。政権中枢の「忖度」によって、一時は脚光を浴びながらも、その実態が曝け出されるや、利益追求に走る私学経営者の姿が現出した。学問のもとに人は平等、公平である事を説くべき人の姿ではない。「教育」という崇高な使命感が求められる立場の者が、エグい手法で拝金主義にひた走る、バブル期の証券マンや金融マンにも劣る。
 私学の本質は別府で見い出せる。別府は12万市民の都市ながら、私学には特性を有する学園がある。
 亀川の「溝部学園」は創立者溝部ミツエ女史が終戦直後、戦災未亡人を集め自律、独立するために手に職を、技術を付与する教育が原点。この建学の思想は故相良範子女史、現在の溝部仁理事長と継承され今日に至る。手に技術をつける。学園の出発は洋和裁だったが、今ではその範囲も広がり歯科技術者、コンピューターシステムエンジニア、デザイナーなど超近代的な資格取得を促し、企業も即戦力となり得る人材の輩出に期待を寄せている。
 別府大学は創立者故佐藤義詮氏。別府の女性達のための高等教育機関の創設目的に、建学の精神「真理は我らを自由にする」を高らかに掲げた。自身も哲学や文学に造形深く、別府大学文学部は私学界の中でも注目を集める。この方針は元理事長の西村駿一・現別府市美術館長に受け継がれ、明豊高校を開設。海外留学生に広く門戸を開放。現二宮滋夫理事長は県職幹部の出身で、より堅実な経営方針を定め、義詮氏の実子、瑠威氏が学長として教壇に立つ。
 幸いにして、この両学園の経営責任者と交誼を頂き、少子高齢化という厳しい社会環境を生き抜く、人材教育のあり方を常々耳にすることができる。今日新聞はAPUを含む私学の活躍を掲載する。そこには若者達のエネルギーがあり、生きる勇気と歓声がある。そしてその彼らを取り巻く教育者達の矜持がそこにある。
 なぜ私学なのか。明治維新の立役者は一部を除き、公立の藩校出身者より、藩士や学者らが私財で建てた塾生出身らが中心。彼らは維新を敢行し、近代日本を築き上げた。米国では東海岸に点在するハーバード大学はじめ私立8校でなる「アイビーリーグ」が近代化を進め、英国はオックスフォード、ケンブリッジなどの私学が中心。近代先進諸国は私学出身者らの英知が結集した。ここに私学の存在意義がある。
 「森友」「加計」に告ぐ。これ以上の不様な姿を白日のもとにさらけ出すより、潔く撤退してはどうか。将来入学を志す子供達や若者達が何年か経って「あっ 、あの森友の出身?」「加計学園の卒業生!」―――と人々に揶揄されかねない状況、肩身の狭い思いをさせる。これを自らが作り出している事を気が付かぬか。人を教え育てる?私学経営者として自らが成熟していないことに気付かぬか!
     (陽)


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