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2017年7月28日 (金)

指揮官の資質

 南スーダン派遣部隊の「日報」問題で、陸上自衛隊幕僚長の岡部俊哉陸将が辞意を固めた。
 岡部氏は1959(昭和34)年、福岡県の出身。防大25期、着任は第2師団第9普通科連隊が皮切り。このあと我が国唯一の落下傘部隊である習志野第1空挺団に。初級幹部の時代、日航第123便墜落事故(1985=昭和60年)で災害現場出動。第1陣の小隊長として活躍した。26歳の若さである。無論空挺、幹部レンジャー課程を修了した直後の派遣任務だった。このあと小倉40普連の中隊長。函館第28普連隊長、第1空挺団長、第6師団長、北部方面総監の要職を経て昨年7月に第35代陸上幕僚長に就任、将来的には次期「統合幕僚長」の呼び声も。尚武の地、九州出身の根からの職業軍人タイプ。
 南スーダンの「日報」は派遣隊員が「戦闘」があったと記載。この「戦闘」が自衛隊の海外派遣規定に抵触するため、情報の「隠蔽」とされ、引責の形を取った。この隠蔽では稲田防相や岡部氏、黒江哲郎防衛事務次官らもかかわったとされるが、岡部氏以外の去就については直後に稲田氏が辞意表明。引責は当然大臣にもあるが、遅すぎだ。加えて防衛省内局にもある。特別防衛監察の結果公表は28日(本日)。結論を待たずに逸早く決断した岡部氏にある種の敬意の念を覚える。
 基本的に防衛に関わる諸情報は、はたして全国民に知らせるべきものか、否か。その線引きは非常にせん細。全情報を公表する愚かは、国家の安全保障の面で大きくマイナスにはたらくからだ。ただ、南スーダンで「戦闘行為」が存在したなら、即座に公表して、派遣活動の継続か撤収かを政治判断させるべきだったのでは。
 岡部氏の「切腹」は今後問題を追及されてもトップの引責により、陸上自衛隊という組織を身を挺して守りぬいたことになる。一方、後出しの稲田防相、職にすがりついた不様な姿に映った。
 口を開けば「憲法改正」「9条改正」、自衛隊違憲状態を打ち破る―――など聞こえのよい、耳ざわり派手な言葉が出て来る。安倍首相の重なる庇護も見苦しかった。
 お国のために闘う、武人の嗜みを備えた部下の後を追うような身の振り方、我が国の憲法を論ずる資格はない。法解釈―――そういえば彼女、弁護士でもあった。
     (陽)

 

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