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2017年9月 7日 (木)

幼少の求道者

 明豊高校野球部の甲子園での活躍は、今だに鮮明に脳裏に刻まれている。「逆転満塁ホームラン」「代打満塁ホームラン」「背番号17のホームラン」など甲子園の歴史を次々と塗りかえた。別府市民のみならず、大分県民の心に残り、県民に「誇り」を与えてくれた。
 一部の人達の中には、生徒は全国から集めた子ども達で、「純粋」な地元の子ではないのではと、皮肉る。――情けない。
 明豊は中、高一貫教育。中学校の野球部、卓球部などのとくに体育会系は、小学生の頃から受け入れ準備をする。小学6年生12歳。両親や保護者に甘えたい盛りだ。ほんの子ども、人生ヨチヨチ歩きの子が、親もとから離れそれぞれの道を志す。小6・12歳にして、中3・15歳にして、自分の歩むべき道をこの明豊に求める。
 学校側は教職員が教師としての役割だけでなく、家族として彼ら、彼女らを育て上げる責務を担う。父親、母親、親せき、近所のおじさん、おばさんの役割が求められる。勉強さえ教えておけばそれで済むものではない。多感な時期の人間教育も。明豊に限らず各校とも同じ状況下にある事は紛れもない。
 彼ら彼女らには「古里」が2つある。一つは出生の地、両親が生きるところ。もう一つは母校であり、チームメート、クラスメートである。
 栄光の全国ベスト8は、そんな環境のもとで育てられた。学校から実相寺の練習場へ急ぐ子たちは、道行く市民に大きな声であいさつする。時折りボランティア清掃にも汗を流す。「純粋」「純心」な別府っ子である。
 この甲子園大会、2アウト満塁の場面。バッターボックスに向かう、我が明豊の打者がニヤリと笑みを浮かべた。
 「野球とは人生そのものだ」と色紙に揮毫する、長嶋茂雄氏(現・巨人軍終身名誉監督)、現役時代、絶妙な場面で時折り、うっすらと笑みを表わす。なぜかあの場面を思い出した。
     (陽)

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