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2018年1月27日 (土)

業務代行?

 40年近く前になる。陸上自衛隊に2等陸士として入隊、当時別府にあった第111教育大隊で前期教育を受けた。鮮明に焼き付いたのは、自衛隊は我が国の安全保障を担う武装集団(軍隊)であると同時に、その目的を達成するための人材を育成する教育機関的な存在であるということ。なかでも指揮官(教官)の「卒先垂範」は絵を描くような感があった。十文字原の戦闘訓練場に集合して訓練を行う時のこと。上下ピカピカ、プレスの利いた戦闘服に磨き込んだ半長靴で隊容検査を終えると、班長の「その場に伏せ!」の号令でうつぶせる。2月上旬の厳冬の頃。当時ピカピカの区隊長(2等陸尉)、樋口忠士さん、教育班長の亀甲清広さん(2等陸曹)の2人は、ドロドロの水溜りを見つけて、あえてそこに身を伏せた。我々も指揮官に見習い、ぐちゃぐちゃに。約3百メートル、早駆けやほふく前進をくり返し、突撃行動に移る。前時代的な戦闘訓練だが、これが普通科のイロハの「イ」。
 去る23日、草津白根山噴火で、陸自第12旅団ヘリコプター隊の伊沢隆行さん(49)という陸曹長が噴石から部下をかばうため自ら覆い被さり、背中に「被弾」して亡くなった。訓練中の事故で当然殉職扱いとなり3等陸尉に特別昇任。伊沢曹長は整体師としての資格を持ち、退職後はその道に進むことを夢みた。「人を笑顔にすること」が生き甲斐だったという。伊沢さんに限らず、自衛隊組織の中にはこの種の「物語」や伝説(レジェンド)が数限りなく存在する。残念ながら、国民に伝わる機会が極めて少ない。任務の性格上か、この種の美談を対外広報にフル活用するのは実にヘタクソ。何かにつけ遠慮がち。広報業務を支援するワケではないが、この際だからあえて伝えておこう。「我が国が戦後70年間、平和を維持できたのは、憲法9条のお陰」と、言う憲法学者に伝えよう!「自衛隊のお陰です」――と。  (陽)

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