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2018年4月 7日 (土)

「日報」の問題とは

 政治に対する信頼感が欠落しているからだ。―――陸上自衛隊のPKOイラク派遣で、現地状況が刻銘に記された「日報」の存在をめぐり、防相小野寺五典のもとで、再び「発見」され問題が再燃した。
 そもそものイキサツを考えてみる。まず国連の「PKO」とはPeace Keep Operation、即ち「平和維持『作戦』」と訳す。
 我が国自衛隊派遣については、5つの原則がある。▽紛争当事国間で停戦合意がある▽当事者(国)が日本の参加に同意▽日本は中立的立場維持▽基本方針が満たされない場合、撤収できる▽武器使用は要員の生命等防護のため「必要最小限」と限られる―――これが日本の5原則。
 世界平和に貢献する日本の役割を担うため、時の総理小泉純一郎は「自衛隊が行く所は平和が維持された地域。武力介入の危険性はない」と平和維持活動に積極参加を呼びかけ、「5原則」を強行突破した。考えてもみよ。軍隊が派遣される場所が平穏であるワケがない。自己完結型の武装集団(軍)を派遣する諸外国のどこが平和維持地域か。この馬鹿馬鹿しい仮想的状況が「日報」隠ぺいを生んだのでは。
 イラク派遣地は緊迫した状況のもと、戦闘状態も発生した。5原則に「抵触」する環境が発生した。この事実をもとに即「撤収」と指揮官は決断するか。一度派遣された隊員が目前に迫る危機や現地人の患難を見捨てて国に引き返すか。同じく派遣された諸外国の軍人に「卑怯者」の汚名を受けてまで逃げ帰るか、我が国の自衛隊が。
 東日本大震災で24万人の自衛官にうち10万人が最長70日間、現地で活動した。初期の目的を達成するまで誰ひとり、逃げ帰った者はいなかった。
 前述の防相小野寺は宮城県気仙沼市の出身。同地には別府の41普通科連隊が「駐屯」した。市立条南中学校舎を借りて宿営。4師団各隊は王城寺という演習場から各市町村に毎日出動した。別府の部隊は師団で唯一、市街地に常駐の形を取った。小野寺は防相就任直後、別府駐屯地を訪れ、その時の貢献に対し深々と頭を下げた。隊員1人ひとりに。「指揮官」と隊員の信頼関係はこんな状況に生まれる。
 「日報」が1人歩きすると、過大な刺激となり政治利用される事を恐れる自衛隊が「隠ぺい」「報告漏れ」を招いた。意図的に決まっている。
 自衛隊の存在を違憲状態などとする、政治家センスを直ちに改革すべきだろう。
 国会予算委員会、ぬくぬくとパフォーマンスの悪口合戦にはうんざりだ。このまま続けるか。
 居なくなるゾ。この国を命がけで守ろうとする者達が。
 それでいいのか。     (陽)

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