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2018年6月 5日 (火)

問題の本質は文科行政

 森友、加計の「モリカケ」問題は何か分かりづらい結着を迎えようとしている。約1年半もの間、この問題で追われまくった国会、国の大事を一体何と心得おるか!この一件の後は、日大のアメフト事件が耳目を集める事となり、ワイドショーのタレント学者らが教育評論家のような口ぶりで解説。ウンザリだ。
 問題は政局誘導、印象操作のくり返しという低次元の論議だったということ。本質は「モリカケ」「日大」にしても最終的な責任の所在は「文部科学省」にあるということ。学校の開設やあるいは大学体育会の運営は教育問題であり、ここまで到達する以前に、教育行政が厳格に対処できなかったかにある。「モリカケ」当時の事務方トップは、新宿の出逢い系バーに出没して、貧困女性の「実体調査」に余念がなかった。辞職しては各地の講演会に呼ばれて政権批判をぶち挙げる。ライフワークのように。
 このほど当事者の1人である愛媛県知事も「参戦」してヒンシュクをかった。
 「モリカケ」では財務省の担当者に処分が下されるという。文書改ざん等の処分は、財務当局が一身にこれを受けた。一連の動きの中で文科省はじめ、国土交通省、大阪航空局に「犠牲者」が出なかった。大阪地検の担当検事は捜査内容を一部政治家にリークしながら、守秘義務違反に問われることはなかった。裏を返せば今後は財務省の力が増大するという危険性も孕んだ幕引きとなりそうな気配。くり返すが「モリカケ」「日大」について文科省担当者が、適切な指導をほどこさなかったという理由で処分対象者がいないとはどういうワケか。こと文科省に至っては、もはや聖域たり得ないということだ。
 事の本質は「私学の振興」。公立では成し得ない「私学」の存在価値をいかにくみ取り、それぞれの地域で「国益」に合った人材教育の場と成り得るかを指導監督すべきだった。我が国の文科行政自体が未熟だったのかもしれない。
     (陽)

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