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2018年6月26日 (火)

環境に沿った基盤づくり

社会福祉法人太陽の家理事長
山下 達夫(やました・たつお)さん(59)

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 障がい者に「保護より、機会を」と故・中村裕博士が創設した太陽の家に、初めて車いす使用者の理事長が誕生した。
 山口県下関市出身で、1歳2カ月の時に、脊髄性小児麻痺で右半身がマヒ。左半身も手首、足首が動かせる程度の重度の障がいとなった。
 「私には、夢があった。それは、家族を持つこと。その夢を叶えるには、太陽の家が良いと思い入所しました」と話す。18歳の時に授産施設の利用者として入所。「先輩たちが積極的に町に出ていたおかげだと思うが、車いすでいても振り返ったりする人はいないし、子どもたちは声をかけてくれたりして、障がい者に対して、町の人が『普通』だった。当時、障がい者が働くなんて考えられなかったし、中村先生は多くの批判を押しのけて尽力してくれたと思う」振り返る。
 1983年、中村博士が、手足にハンディはあっても、頭脳労働においてはハンディとはならない、としてIT関連企業である三菱商事太陽株式会社を創業すると、システムエンジニアとして入社。「それまで訓練生だったので、正式な雇用ではなかった。三菱商事太陽に入社したことで、家族を持つことも出来た」と話す。
 その後、総務に異動になり「とても大変だった。経験がなかったので、徹夜が続いてポリープが出来たほど。でも、人脈も出来たし、その経験があったからこそ、今の自分があると思う」。社長、会長となってからも現場主義を大切にし、いつでも相談できるオープンな環境づくりに努めてきた。「三菱商事太陽をつくった時に、中村先生は50人規模にし、在宅就労できるようにしたいとおっしゃっていた。今は在宅就労もやっているし、100人を超える規模になったので、夢を実現できたかなと思う」。
 2016年から2年間、太陽の家の副理事長を務め、今年6月20日に理事長に就任した。
 「精神障がい者の雇用も進めていきたい。障がい者も高齢化しており、定年後をどのように見守るかも太陽の家の役目だと思う。現在、共同出資会社が8社あるが、企業は仕事を提供し、太陽の家は障がい者のサポートをする役割がある。しかし、それが曖昧になってきたので、明確化して、協力関係を強化していきたい」と話す。
 また、働く障がい者には「感動される人から、感謝される人になってほしい。障がいのある人が働いているから感動するというのではなく、目に見えない部品でもそれを使う人が感謝をしてくれるような仕事をすれば、自立につながる」と言う。
 「太陽の家の3つの柱は、障がい者の働く機会の提供、地域密着、自立の場の提供です。世の中は大きく変化しているが、この3つの柱は変わらない。もう一度原点に戻りながら、環境に沿った基盤づくりをしたい」と語った。
 現在は妻と2人暮らしだが、娘2人に孫2人がいる。亀川浜田町在住。

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