2017年7月31日 (月)

「背広」と「制服」

 稲田朋美防相の引責辞任を経て、改めて問題点を確認整理してみよう。
 南スーダンPKOの「日報」隠ぺいが暴露され、指揮官としての能力、資質がウンヌンされた。
 冷静にふり返ってみよう。防相就任当初は将来の首相候補と持ち上げたマスコミの責任もある。議員2回当選が何で、ポスト安倍の有力候補になり得るか。次いで彼女が就任直後に発言した『防衛白書』は面白くない!」――当り前だ。深刻な国防問題、諸外国の日本侵攻を想定した分析文書が面白いワケがない。防相としてふさわしくない服装。立ち振る舞い。都議選時の応援演説。森友学園の顧問弁護士としての活動。――大枠その程度だが、深層はそこにはない。
 稲田氏と防衛省首脳との確執、陸自の文書リークの方が一大事。防相の首を取ったということは、陸自の「クーデター」。内部文書のリークは自衛隊法第58条にキッチリ抵触する。出来の悪い防相のために防衛事務次官、陸幕長が首を連ねたが、内部文書を流した制服組と、稲田氏の存在をことごとく潰しにかかった防省幹部や制服組に問題がある。この者達を探し出し、処分しなければ、第2、第3の「クーデター」が発生する危険性がある。
 稲田氏の防相執務は明らかにこれまでの方針に反する傾向がある。しかしだからといって、己の意に沿わぬ程度で業務怠慢あるいは静かなる反逆の志を抱くことは、「シビリアンコントロール」の原則から逸脱している。換言すれば「反逆の罪」に通じる。
 業務内容が深大化する「PKO」において、最高指揮官の欠落する資質は、引いては前途有意な若者をムダ死にさせることにつながる――百も承知二百も合点ながら、だからといって反旗を翻す事は、国家崩壊の序曲を自ら奏でることになるのではないか。
 防相引責7月27日をもって制服、背広の垣根を越えて北ミサイルに対処すべきだ。「背広」も「制服」も同じ志を抱く日本人同志として、等しく身に纏うべきものではないか!
     (陽)

 

2017年7月28日 (金)

指揮官の資質

 南スーダン派遣部隊の「日報」問題で、陸上自衛隊幕僚長の岡部俊哉陸将が辞意を固めた。
 岡部氏は1959(昭和34)年、福岡県の出身。防大25期、着任は第2師団第9普通科連隊が皮切り。このあと我が国唯一の落下傘部隊である習志野第1空挺団に。初級幹部の時代、日航第123便墜落事故(1985=昭和60年)で災害現場出動。第1陣の小隊長として活躍した。26歳の若さである。無論空挺、幹部レンジャー課程を修了した直後の派遣任務だった。このあと小倉40普連の中隊長。函館第28普連隊長、第1空挺団長、第6師団長、北部方面総監の要職を経て昨年7月に第35代陸上幕僚長に就任、将来的には次期「統合幕僚長」の呼び声も。尚武の地、九州出身の根からの職業軍人タイプ。
 南スーダンの「日報」は派遣隊員が「戦闘」があったと記載。この「戦闘」が自衛隊の海外派遣規定に抵触するため、情報の「隠蔽」とされ、引責の形を取った。この隠蔽では稲田防相や岡部氏、黒江哲郎防衛事務次官らもかかわったとされるが、岡部氏以外の去就については直後に稲田氏が辞意表明。引責は当然大臣にもあるが、遅すぎだ。加えて防衛省内局にもある。特別防衛監察の結果公表は28日(本日)。結論を待たずに逸早く決断した岡部氏にある種の敬意の念を覚える。
 基本的に防衛に関わる諸情報は、はたして全国民に知らせるべきものか、否か。その線引きは非常にせん細。全情報を公表する愚かは、国家の安全保障の面で大きくマイナスにはたらくからだ。ただ、南スーダンで「戦闘行為」が存在したなら、即座に公表して、派遣活動の継続か撤収かを政治判断させるべきだったのでは。
 岡部氏の「切腹」は今後問題を追及されてもトップの引責により、陸上自衛隊という組織を身を挺して守りぬいたことになる。一方、後出しの稲田防相、職にすがりついた不様な姿に映った。
 口を開けば「憲法改正」「9条改正」、自衛隊違憲状態を打ち破る―――など聞こえのよい、耳ざわり派手な言葉が出て来る。安倍首相の重なる庇護も見苦しかった。
 お国のために闘う、武人の嗜みを備えた部下の後を追うような身の振り方、我が国の憲法を論ずる資格はない。法解釈―――そういえば彼女、弁護士でもあった。
     (陽)

 

2017年7月21日 (金)

萎えた情熱

 大体、就任当初から快く思われなかった。幾度となく稲田朋美防相の不手際、不始末を記して来た。ここに来て政権のお荷物になり、政局の焦点の一つとなった。「日報」問題もさることながら、制服組に対する上から目線的な物言い。自民党国防議員など、この道の先輩達との確執。「弁護士」の資格を常にチラつかせてた横柄な態度。人格未熟な権力者が「ブービーズ・トラップ」に引っ掛かった。
 ある日の部隊視察、彼女は準制服のジャンパーをブルゾンぽく着こなし、カジュアルウェアーで登場、隊員に「訓示」した。白いボトム(ズボン)とブーツでキメて。「すっこんでろ!」ー大変失礼ながら、愚生の明解な自我が飛び出して来た。
 指揮官の「白いズボン」は何を意味するか分っているか。時は日露戦争の旅順要塞攻略の折、たび重なる203高地での激戦。多くの犠牲を出した最高指揮官、乃木希典大将は、戦地で「白いズボン」を着用して自らを敵の標的とした。2人の息子もこの戦いで亡くした。国民から預かった前途有意な若者達、ベテラン軍人の膨大な骸(むくろ)を築いた。悲運の将はこの贖罪のため、自らを死の領域に追い込んだ。「白衣参戦」と呼ばれるこの思想は、秀吉の頃、「文禄、慶長の役」に表われた。朝鮮出兵により、これを迎え撃った時の朝鮮海軍の提督、李舜臣は、秀吉軍への反撃のため「亀甲船」などの兵器装備を開発して勝利に導いた。彼の栄達を阻害しようとする反抗勢力(主に文官)は、対秀吉軍との戦闘下、様々な誹謗中傷を駆使して李提督を陥れた。朝廷は側近の言に乗り、李氏を陸戦の兵に降格。白衣を着用させて白兵戦闘に当たらせた。敵の標的とさせた。
 戦史に詳しい制服組はなぜ、最高指揮官としての最低限度の素要を彼女に教えてやらなかったのか。出来の悪い指揮官を一流に鍛え上げるベテラン下士官(曹クラス)が山ほどいる自衛隊が。情熱が萎えたか?しょうがない!次に期待するか?ムリか?
(陽)

2017年7月20日 (木)

今どきの主婦の会話

 なあなあ、あんた聞いたかえ~。あん、稲田ちゆう、防衛大臣が、『日報』握りつぶしちょったち。バレたらしいで。本人はちがうちいいよんけど、どうかしちょんなあ~こんヒトは」
 「じゃあちゃ~安倍さんに可愛がられち、調子のっちょって……。ダテメガネかけるわ、変な柄のパンストはいち、これで防衛大臣ち!笑うわなあ~」
 「自民党もドンならんで。8月に大臣の首スゲ替えるっち。あとんマツリじゃワぁ。おごっちょったんで安倍さんは。『森友』『加計』でわっきゃわからん。支持率下げち。説明責任はたすっち、こんどはひらきなおっち、国会よこうちょんとき答弁するらしいでぇ。よだきいわなあ~。野党もざまんねぇけんなぁ~。蓮舫さんも二重国籍にケリつけたみたいでぇ~。他に野党ん氏も足りんなぁ、突っ込み方が……」
 『じゃぁ~ちゃ。安倍さんもどんならんけど、次がおらんけんなあえ~。そんうちミサイル飛んで来ち、ボコボコやられち、気が付くんで~。どげんすんの?』
 「三代目の正恩さんちゃ、ミサイルの『目標』が皇居ち、『国会議事堂』とか『永田町』やったらこれも仕方んねぇこっちゃけど、『皇居』にで!こりゃ許せんわあ。見る見る肥え太っち、髪のサイドは刈り上げち、笑った顔はえ~らしいのになあぇ、ひじ~ことするなあえ、こんシは。親はどげな育て方したんかなぁ~。親の顔見ち見てえわあ。あっ、そろそろウチのが帰ち来るわあ~晩ご飯の用意せな!ほんならなぁ~」ーーー昼下りの別府の下町、少々年配の女性達の会話。内容はすげ~なぁえ~。(陽)

2017年7月15日 (土)

日本人としての矜持

  親父が先月10日に92歳の天寿を全うした。
 
 亡くなる2~3カ月前から、ほとんど食をとらずガリガリ。入院をすすすめ、食事が取れるようになるまで「我慢」と伝えた。入院前日まで両切りのピースを家人の目を盗んでは吸い続けた。
 大正13年11月、今の北朝鮮平壌に生まれ、理数系に強く、工業系の学校を卒業後は、日系企業に就職。現地召集で旧陸軍の師団司令部の通信兵。このあと大邱に移り、武装解除され終戦。母と弟2人を連れて復員。着の身着のまま、長崎、佐賀で新聞記者。朝鮮戦争開戦を伝える「玄界灘の波高し」を船上から打電、大スクープとした。一家は別府に移り、昭和29年にこの新聞(今日新聞)を立ち上げた。
 当時の人達は皆、このように同じような苦労を味わい背負いながら、今を生き続けている。生きることに「必死」だった。生きる事に綺麗ごとは許されぬという雰囲気もあった。親父は常々「荒っぽい新聞だがウソはない。新聞記者も人の子だから間違いもあるがウソはない。」―と口にした。そんな今日新聞は草創期から「愛郷一貫」を社是に掲げ、2年前に創刊60周年、今年の5月には紙齢2万号をそれぞれ迎えた。
 親父の出生は広島県尾道市。「愛郷」を掲げるのはおこがましい感もあるが、愛郷を「愛国」と置き換えればこれも納得できよう。
 1億の日本人が敗戦の苦労から立ち上がり、世界第3位の経済大国を形成した。その底力とは一体なんだったのか。苦難に打ちひしがれる事なく、前を向き、歩を進めるという精神力の拡大再生の気概ではなかったか。苦あればこそ次に生まれるであろう楽と幸を信念とする「不撓不屈」の想いがあったのではなかったか。またそれを実現しつづけて来た。そしてそれは今の日本人に出来るか?……。
 出来る!。程度の差こそあれ、阪神淡路、東日本大震災や異常気象で何度も被害を受けた。掛け替えのない肉親を失った人々はそれでも逞しく、復旧復興を志す。被災あるごとに国内外、全国各地から義援や支援、ボランティアが集まる。他人事ではないとする思いが終結する。こんな国は他にはないだろう。
 先の大戦を生き抜き、大往生を遂げた人々への慰霊の一つとして「どんなことがあっても日本は行き続ける」という思いを、今に生きる我々は共有したい。来月は72回目の終戦記念日を迎える。お盆と終戦が同じ日というのも何かありがたい。(陽)

2017年7月10日 (月)

天は自ら…

 東京都議に会選挙は自民党の歴史的な敗北に終わり、小池百合子都知事率いる「都民ファーストの会」が圧倒的勝利に終わった。
 「安部政権にノー!」を突き付けた―と報道されているが、まあ冷静に分析するとそうでもない。都民の都政不信は実は石原慎太郎都知事の終盤から。猪瀬直樹知事の政治献金、舛添要一前知事の政治献金の私的流用、予算の乱用。これが小池氏の登場で一気に頂点に達し、加えて自民党都連のボスの存在とその暗躍が、舛添氏の問題で大きくクローズアップされた。確かに都議選前自民党政権の批判は次々とくり返された。「森友」「加計」に加え、自民2回生議員達の失言暴言、不倫スキャンダルからパワハラ女性議員、閣僚の失言、暴言。――「低次元の批判」と言われるが、議員自体が「低次元」すぎる。だから自民党の脇の甘さが目立った。加えて安倍政権は、朝日、毎日系と読売、産経新聞系とに色分をして、対応。「改憲の詳細を知りたければ読売新聞を読め」とある政権幹部の弁・この差別、区別感がマスコミの批判に拍車をかけたようだ。己の意に異を唱える者を重用し、否とする者を除く。権力者の放漫と映っても仕方がない。
 また首相番、政権担当記者は大手の場合現下は若手が当たる。改憲に否定的な意識でズバズバ物を言うタイプは政権も力でねじ伏せる。それでも昔は中に入って調整する役職者がいた。典型的なのが幹事長時代の故田中角栄さん。そういった面から見れば、今の自民党(自民に限らず各党も)は人材不足だ。

2017年6月30日 (金)

辞表を出せ!

 「若い者達はちゃんとメシ食ってるか。故郷の父母に連絡はとってるか。国民の安全、安心のために私自らも身を粉にして闘う。愛国心の何たるかをたがいに深め合おう……」防衛大臣の職責とは、乱暴な表現ながら、このようなものではないのか。選挙に防衛省、自衛隊の名を使って、投票を促すということは、国軍を私兵化したととらわれても仕方がない。稲田朋美防相は大臣着任当初から、問題発言やその振る舞いにマユをひそめる事が多すぎる。23万人の自衛官にとって内閣総理大臣に次ぐ最高指揮官としての自覚が見当たらない。南スーダンPKO部隊の「日報」についても、報告義務を追及して部下の責任に置き換えたように感じる。
 就任時稲田氏は、経済通の弁護士で、防衛は畑違いと公言し、違和感を与えた。大臣就任前は安全保障での思い切った発言や靖国参拝で脚光を浴び、将来の総理大臣候補としてもてはやされた。
 任免権者の安倍晋三内閣総理大臣の責任は重い。女性を防相というタフなポストに置いた事は、いささかの異論もないが、窮地に立たされるや弱さが目立ち、野党議員の追及に涙して逆ギレする姿も。第2次安倍内閣は「1強多弱」のムードの中、あぐらをかき閣僚はじめ党幹部、主要ポストの議員が次々に問題発言。最近は当選2回議員の不倫、パワハラなど、マスコミネタに事欠かない始末。まともな政策審議が表に出て来ない状況にある。政策手腕を問われて政権への信頼が喪失されたなら仕方がないが、与党批判のそのほとんどは議員個人の資質の問題。「失言」した議員は、事後に発言を「撤回」して事を済ませようとする。議員の発言は「撤回」できない。いくら言い繕っても本音は違う。今回の稲田大臣の発言、「やっぱり女性では防相というポストはムリ!」とする国民の意識を誘発させたのではないか。日本の女性の立場を自らか貶めたのではないか。今からでも遅くない辞表を出せ!(陽)


2017年6月28日 (水)

教育者としての矜持

 「森友」、「加計」―――記憶が薄れていく前に記しておこう。政権中枢の「忖度」によって、一時は脚光を浴びながらも、その実態が曝け出されるや、利益追求に走る私学経営者の姿が現出した。学問のもとに人は平等、公平である事を説くべき人の姿ではない。「教育」という崇高な使命感が求められる立場の者が、エグい手法で拝金主義にひた走る、バブル期の証券マンや金融マンにも劣る。
 私学の本質は別府で見い出せる。別府は12万市民の都市ながら、私学には特性を有する学園がある。
 亀川の「溝部学園」は創立者溝部ミツエ女史が終戦直後、戦災未亡人を集め自律、独立するために手に職を、技術を付与する教育が原点。この建学の思想は故相良範子女史、現在の溝部仁理事長と継承され今日に至る。手に技術をつける。学園の出発は洋和裁だったが、今ではその範囲も広がり歯科技術者、コンピューターシステムエンジニア、デザイナーなど超近代的な資格取得を促し、企業も即戦力となり得る人材の輩出に期待を寄せている。
 別府大学は創立者故佐藤義詮氏。別府の女性達のための高等教育機関の創設目的に、建学の精神「真理は我らを自由にする」を高らかに掲げた。自身も哲学や文学に造形深く、別府大学文学部は私学界の中でも注目を集める。この方針は元理事長の西村駿一・現別府市美術館長に受け継がれ、明豊高校を開設。海外留学生に広く門戸を開放。現二宮滋夫理事長は県職幹部の出身で、より堅実な経営方針を定め、義詮氏の実子、瑠威氏が学長として教壇に立つ。
 幸いにして、この両学園の経営責任者と交誼を頂き、少子高齢化という厳しい社会環境を生き抜く、人材教育のあり方を常々耳にすることができる。今日新聞はAPUを含む私学の活躍を掲載する。そこには若者達のエネルギーがあり、生きる勇気と歓声がある。そしてその彼らを取り巻く教育者達の矜持がそこにある。
 なぜ私学なのか。明治維新の立役者は一部を除き、公立の藩校出身者より、藩士や学者らが私財で建てた塾生出身らが中心。彼らは維新を敢行し、近代日本を築き上げた。米国では東海岸に点在するハーバード大学はじめ私立8校でなる「アイビーリーグ」が近代化を進め、英国はオックスフォード、ケンブリッジなどの私学が中心。近代先進諸国は私学出身者らの英知が結集した。ここに私学の存在意義がある。
 「森友」「加計」に告ぐ。これ以上の不様な姿を白日のもとにさらけ出すより、潔く撤退してはどうか。将来入学を志す子供達や若者達が何年か経って「あっ 、あの森友の出身?」「加計学園の卒業生!」―――と人々に揶揄されかねない状況、肩身の狭い思いをさせる。これを自らが作り出している事を気が付かぬか。人を教え育てる?私学経営者として自らが成熟していないことに気付かぬか!
     (陽)


2017年6月23日 (金)

役職に汲汲とせず

 昨夜10時、NHK総合の「クローズアップ現代」に岩屋毅衆議院議員が登場した。緊迫する東アジアの安全保障問題を取り上げた。
 番組内容は自衛隊の存在理由を問う憲法改正。他国との国際紛争の解決手段として、武力を行使せず―の部分に迫った。相手国(北朝鮮)が、日本に対し弾道ミサイル等で攻撃をしかける、明明白白の事実が認められた場合、敵基地を先制的に攻撃する―これは専守防衛の範疇にあり、憲法改正してまで対応しなければならない事柄ではないとのコメンテーターの意見。

 さらに国の一般会計予算約97兆4千万円のうち国防費は5兆1千億円。これはGDPの1%ワクを堅持したもの。現状ではひっ迫する東アジアの緊張関係のなかで、自民党内にはGDP2%論も飛び出して来た。理由は北の核ミサイル開発や7倍に及ぶ中国国防費の拡大による近辺海域活動に対応するためという。
 オラが代議士の岩屋氏は「だからといってやたら防衛費を大幅に増やすのは、いかがなことかと思う。国家予算には社会保障費などこれから手当しなければならない喫緊の課題も山積している」―と防衛費の歯止めのない増大には否定的。―この反応をみた支持者の中には、政権方針と異なる発言。「あ~これでまた大臣のイスが遠のいた…」とガックリした声も。岩屋氏に対し、元防相の中谷元氏も登場。推進派でそれ行けバンバン。これは政権首脳にウケがいいように映った。
 このNHKクロゲンで表れた内容だけで判断は当然できない。岩屋氏は防衛政務次官を拝命し、党内では憲法改正阻止や防衛費拡大にストップを真正面からかけているワケではない。国防に対しては、たとえば自衛隊の新隊員の募集、教育訓練、隊員の生活向上、退職後の就職援護に独自の見解と方針を「堅持」している。別府には陸自別府駐屯地があり、平素から防衛現場の声を拾い集めている。社会保障対応は、岩屋氏が座長をつとめる「カジノ法」の推進をもって、その収益を源資として社会福祉の充実拡大をめざす。政治活動目的の根源の一つが国民福祉の充実、その本質を見抜くとクロゲンでの岩屋発言が理解できるのでは…。
 いずれにせよ「大臣のイス」に汲汲としないということか。これでいいのだ!(陽)

2017年6月 8日 (木)

貧時の交わり

「君見ずや管鮑(かんぽう)、貧時の交わりをや」――
 中国は春秋の時代、斉の国に、管仲(かんちゅう)と鮑叔牙(ほうしゅくが)という貧しい若者がいた。成長して名を上げた。鮑は斉の宰相(首相)に親友の管仲を推せん。その後、斉の要職を解かれた。替わって管仲がその要職に就いた。管仲が鮑叔の不憫を詫びると、
 「君の出世はむしろ我の喜びとするところ。我々は昨日今日の付きあいではない。幼く貧しい時からの結びつきではないか」
 管仲は我を生みし者は父母、我を知る者は鮑叔なり」と語ったと伝えられている。 「刎頸の友」「水魚の交わり」と表現されるものに近い。
 我が国、宰相安倍晋三氏の友は、加計孝太郎・加計学園理事長。加計学園が四国の今治市に「戦略特区」として獣医学部の新設をはたらきかけ、永き親交の末の「忖度」と疑問視されている。
  恐らく加計氏は、第1次安倍内閣崩壊後、陰に陽に安倍氏を物心両面で支えたのでは…。安倍氏もあの第2次安倍内閣直前の総裁選挙、一般の自民党員、党友は石破氏に流れ、世論は石破有利を信じて疑わなかった。安倍氏が勝利したのは国会議員票であり、それは一般党員の数倍の票数があった。だから勝てた。
 加計氏は「友」が国の最高権力者になったからには、側に居る者として、1歩も2歩も控えて、国政に全力投球する覚悟を促すべきだったのでは。
 安倍氏は本当に加計学園が戦略特区として将来我が国の成長戦略上、欠くことの出来ない存在であるならば、堂々と「友」のために説明責任をはたすべきはなのでは……。120パーセント説明したとしても常に批判は付きまとう。それが覚悟の職責。内閣総理大臣という唯一無二の存在意義だ。
 最近の安倍政権の言動は耳を疑う。「憲法改正の自民党の見解については、日本で最大部数を誇る〇〇新聞を読め」と党の最高幹部の弁。大手の新聞は大きく論調が分かれている。政権に理解ある社と、強い批判をくり返す社と。政権に対し「YES」であろうと「NO」であろうと誠実に対応していくのが民主国家、先進国家のあるべき姿。忘れているのではないか貧時(総理就任前の日々)にどのように身を処してきたか。1次内閣在任時の欠点、可不足、情報の不足、伝える力の未熟さ忘れていないか。
 今彼が抱える最大の課題は戦後70年を過ぎ、誰も成し得なかった「憲法改正」への道のり。国民への説明責任が徹底精査される。冒頭の「君見ずや――」の一節は、唐の詩聖、杜甫が「貧交行」のなかで詠んだもの。「今の時代、人々は、このような友情を、土くれのように捨ててしまった」と結んでいる。政治家は「親友」と交わるべからず。「真友」と交わるべしか。(陽)

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